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ずっと、あなただけを想い続けてきた
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「暁人」
一瞬迷ってから呼び捨てにすると、彼は嬉しそうに微笑んで抱き締めてきた。
「芳乃」
今までの雇用主と従業員という立場、そして昔の家庭教師と生徒という過去を経て、今名前を呼び捨てにし合って初めて、二人は互いが大人の男女になったのだと思い知った。
彼が顔を傾け、目を伏せる。
――キスをされる。
予感を感じても、もう芳乃は抵抗しなかった。
ホテルで酷く失態したところを見られての絶望も、年下の教え子に向けて「いけない」と思う気持ちも、今はまったく感じなかったからだ。
フワリと柔らかく唇が重なり、ちゅむ、とついばまれる。
何度か優しいキスをしたあと、暁人は顔を離し愛しげに微笑んできた。
「ずっと、あなただけを想い続けてきた」
その言葉も、今なら信じられる。
あまりに嬉しくて――、また新しい涙がこぼれ落ちた。
「俺だと言いたくて、言えなくて。雇用主になって好き放題した挙げ句、半ば強引にあなたを自分のものにした。……それは反省してる」
最初から感じていた強引さを思い出し、芳乃は思わず笑う。
「紳士的なのに押しが強いところ、昔から変わってないね」
そう言うと彼は恥ずかしそうに笑い、思い出したようにトンと彼女の鎖骨の下辺りを指で打つ。
「芳乃だって、俺がプレゼントしたペンダントを今も着けていてくれた。……あれは、受け入れてくれていたと自惚れてもいい?」
「あっ……」
言われて、芳乃は自分が〝悠人〟からもらったペンダントを大切に着けていたのを思い出した。
勤務時にハイブランドジュエリーなど着けられないが、それ以外の時は肌身離さず着けていた。
恥ずかしくて彼の顔を直視できず、けれど真実なのでコクンと頷く。
「……告白してもらえたの、本当に嬉しかったの。ペンダントは身の丈に合わない、立派すぎる物だなって思っていたけど、せっかくもらったなら大切に着け続けたいって思った。マンションに越してきた時に言われた通り、つらい時もあのペンダントに触れると勇気をもらえた気がしたの。……だから、こちらこそありがとう」
涙を零したままいぎこちなく笑うと、暁人が嬉しそうに目を細める。
「今なら、俺の事を受け入れてくれる? 『愛してる、結婚してほしい』って言ったら、頷いてくれる?」
熱い眼差しを受けてすぐに「はい」と頷きかけたが、ハッと思い出したのはグレースの存在だった。
芳乃の表情が喜色に彩られたかと思うと、スッ……と悲しみに沈む。
その変化を鋭敏に感じ、暁人は困ったように笑う。
「まだ何か問題がある? 何でも言って」
悠然と告げる彼に、後ろめたいものがあると思えない。
秘書の柊壱には、暁人から打ち明けるまで黙っていろと言われたが、思い切って話してみる事にした。
「グレースさんと結婚しているんじゃないの?」
「えっ?」
今までの色っぽい、切ない表情から一転して、暁人は目をまん丸にした。
「何であいつと……。……あ、……あー……!」
素の表情で呟いたあと、暁人は何かに思い当たったあと、嘆息混じりに声を上げた。
思いきり顔をしかめたあと、彼は弱り切ったように尋ねてくる。
「もしかしてどこかで彼女に会った?」
「そ、その……」
気になって尾行したと言えず、芳乃は口ごもる。
「まぁ、いいや。結婚してるか疑ってたっていう事は、多分一緒にいて指輪をしていたところとか、見たんだろ?」
深く言及せず言われたので、それについては頷く。
「まず、誤解させてすまない。謝罪する」
その一言で、不安に満たされていた胸がスッと軽くなった。
「グレースは昔からの知り合いで、五つ上だ。芳乃に家庭教師を受け持ってもらうまで、彼女に勉強を教えてもらっていたんだ。子供の頃から家同士付き合いがあって、あの時はグレースがアメリカの有名大学をスキップで卒業したあと、大好きな日本に来て事業を始めようとしていた時だった。準備期間だった事もあって、その合間に勉強を見てもらっていたんだ」
「そう……、なんですね」
芳乃は驚きと安堵が混じった溜め息をつく。
「彼女は天才肌で、美人で魅力的だ。どこに行っても人を惹きつける女性だ。それゆえに、本人が望まないトラブルを起こす事もあった」
段々、話が見えてきた。
一瞬迷ってから呼び捨てにすると、彼は嬉しそうに微笑んで抱き締めてきた。
「芳乃」
今までの雇用主と従業員という立場、そして昔の家庭教師と生徒という過去を経て、今名前を呼び捨てにし合って初めて、二人は互いが大人の男女になったのだと思い知った。
彼が顔を傾け、目を伏せる。
――キスをされる。
予感を感じても、もう芳乃は抵抗しなかった。
ホテルで酷く失態したところを見られての絶望も、年下の教え子に向けて「いけない」と思う気持ちも、今はまったく感じなかったからだ。
フワリと柔らかく唇が重なり、ちゅむ、とついばまれる。
何度か優しいキスをしたあと、暁人は顔を離し愛しげに微笑んできた。
「ずっと、あなただけを想い続けてきた」
その言葉も、今なら信じられる。
あまりに嬉しくて――、また新しい涙がこぼれ落ちた。
「俺だと言いたくて、言えなくて。雇用主になって好き放題した挙げ句、半ば強引にあなたを自分のものにした。……それは反省してる」
最初から感じていた強引さを思い出し、芳乃は思わず笑う。
「紳士的なのに押しが強いところ、昔から変わってないね」
そう言うと彼は恥ずかしそうに笑い、思い出したようにトンと彼女の鎖骨の下辺りを指で打つ。
「芳乃だって、俺がプレゼントしたペンダントを今も着けていてくれた。……あれは、受け入れてくれていたと自惚れてもいい?」
「あっ……」
言われて、芳乃は自分が〝悠人〟からもらったペンダントを大切に着けていたのを思い出した。
勤務時にハイブランドジュエリーなど着けられないが、それ以外の時は肌身離さず着けていた。
恥ずかしくて彼の顔を直視できず、けれど真実なのでコクンと頷く。
「……告白してもらえたの、本当に嬉しかったの。ペンダントは身の丈に合わない、立派すぎる物だなって思っていたけど、せっかくもらったなら大切に着け続けたいって思った。マンションに越してきた時に言われた通り、つらい時もあのペンダントに触れると勇気をもらえた気がしたの。……だから、こちらこそありがとう」
涙を零したままいぎこちなく笑うと、暁人が嬉しそうに目を細める。
「今なら、俺の事を受け入れてくれる? 『愛してる、結婚してほしい』って言ったら、頷いてくれる?」
熱い眼差しを受けてすぐに「はい」と頷きかけたが、ハッと思い出したのはグレースの存在だった。
芳乃の表情が喜色に彩られたかと思うと、スッ……と悲しみに沈む。
その変化を鋭敏に感じ、暁人は困ったように笑う。
「まだ何か問題がある? 何でも言って」
悠然と告げる彼に、後ろめたいものがあると思えない。
秘書の柊壱には、暁人から打ち明けるまで黙っていろと言われたが、思い切って話してみる事にした。
「グレースさんと結婚しているんじゃないの?」
「えっ?」
今までの色っぽい、切ない表情から一転して、暁人は目をまん丸にした。
「何であいつと……。……あ、……あー……!」
素の表情で呟いたあと、暁人は何かに思い当たったあと、嘆息混じりに声を上げた。
思いきり顔をしかめたあと、彼は弱り切ったように尋ねてくる。
「もしかしてどこかで彼女に会った?」
「そ、その……」
気になって尾行したと言えず、芳乃は口ごもる。
「まぁ、いいや。結婚してるか疑ってたっていう事は、多分一緒にいて指輪をしていたところとか、見たんだろ?」
深く言及せず言われたので、それについては頷く。
「まず、誤解させてすまない。謝罪する」
その一言で、不安に満たされていた胸がスッと軽くなった。
「グレースは昔からの知り合いで、五つ上だ。芳乃に家庭教師を受け持ってもらうまで、彼女に勉強を教えてもらっていたんだ。子供の頃から家同士付き合いがあって、あの時はグレースがアメリカの有名大学をスキップで卒業したあと、大好きな日本に来て事業を始めようとしていた時だった。準備期間だった事もあって、その合間に勉強を見てもらっていたんだ」
「そう……、なんですね」
芳乃は驚きと安堵が混じった溜め息をつく。
「彼女は天才肌で、美人で魅力的だ。どこに行っても人を惹きつける女性だ。それゆえに、本人が望まないトラブルを起こす事もあった」
段々、話が見えてきた。
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