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仁科悠人

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「お前、最近成績伸びたみたいだけど、どうしたの?」

 尋ねたのは、近所に住んでいて親友の幸治こうじだった。

 彼とは家が近く家柄も似ているため、自然と幼馴染みの関係にあった。
 その上で性格も馬が合い、学業の成績こそ競い合っているものの、他はヒリヒリとした競争関係になくて心地よく接する事ができていた。

「あー、伸びたかな? だったら嬉しいな。最近、T大のお姉さんに家庭教師してもらってるんだよ。教え方がうまくて、俺も綺麗なお姉さん相手だと真剣になるから、相乗効果かな?」

「不純だなー」

 呆れて笑うと、幸治もケラケラと笑う。

「でも、家庭教師でそんなに変わるんなら、アリかもな」

 暁人は考えるふりをしてから、幸治の肩を組む。

「で、どんだけ美人? 写真持ってる?」

「お前も不純じゃねーか!」

 笑い合ったあと、幸治は「一枚だけ撮らせてくれたんだ」と、スマホのアルバムから家庭教師の写真を見せてくれる。

 写っているのは、サラリとした黒髪の美人だった。
 化粧っ気はなく、あまり気に掛けてお洒落をしているタイプではなさそうに思える。

 けれど艶のあるバージンへアや、化粧をしなくてもくっきりとした目鼻立ちと、綺麗に揃った白い歯を見て、素直に「ナチュラル美人だな」と感じた。

「三峯芳乃さんって言うんだ。社交的だし、ちょっと抜けたところがあって危なっかしいけど、そこがまた可愛いよ。擦れてないっていうのかな」

「芳乃……さん」

 暁人は食い入るように彼女の写真を見つめ、名を呟く。

「何だ? 暁人、もしかして一目惚れした?」

 からかうような幸治の言葉にも、いつものように返事ができなかった。
 文字通り、暁人は写真の中の芳乃に一目惚れをしたのだ。

「……年下、嫌いかな?」

 真剣な表情をする暁人に、幸治はからかうような表情を引っ込めてまじめに答える。

「そういう事は話してないけど、彼氏はいないっぽいぞ?」

「ホントか?」

「でも、芳乃さんはあくまで家庭教師として俺を教えてる。生徒と恋愛関係になったら本末転倒だし、バイトとしての信用がなくなって困るだろ」

 冷静な事を言われ、暁人は頷く。

「確かに……そうだな」

 それからしばらく、暁人はどうやって芳乃に近づけるのか真剣に考えていた。

「幸治、芳乃さんを紹介してもらっていいか? 幸治の成績が上がったって言うなら、うちの親も前向きに考えてくれると思うんだ。勿論、勉強はまじめに頑張る」

 必死な目で訴えてくる暁人を見て、親友は微笑んでポンと肩を叩いてきた。

「協力してやるよ。ま、俺も恋愛経験は少ない方だから、本当にできる事を協力するしかできないけど」

「ありがとう」





 その後、ほどなくして暁人は芳乃を家庭教師として迎える事に成功した。

 初回は、緊張してまともに彼女の顔を見られなかったほどだ。

 当時の暁人は背は高いもののヒョロッとしていて、長めの前髪であまり表情が窺えない、いわゆる〝陰キャ〟だった。

 幸治と共に家柄などは申し分ないものの、学校ではあまり目立たない存在で、友達と一緒に教室の隅の方で趣味の話をして穏やかに笑っているタイプだった。

「初めまして。三峯芳乃です」

 彼女と初めて顔を合わせたのは夏の暑い盛りで、芳乃は長い髪をポニーテールにし、Tシャツにデニムスキニーというカジュアルな格好をしていた。
 汗ばんだ顔をタオルハンカチで拭き、「家の中、クーラーが効いていて涼しいね! 生き返る」と笑う飾り気のなさに心惹かれた。

「初めまして。仁科悠人はるとです」

 そう名乗ったのには、理由があった。

 当時神楽坂グループでは社内の不祥事があり、顧客情報を管理する者が情報漏洩をしてしまうという不始末があった。

 大きな企業なだけに、その話題はニュースになり、神楽坂グループは一躍ネガティブなイメージで有名になってしまった。

 今まで家族で暮らしていた成城にある神楽坂の家は、マスコミが押し寄せる事もあり、暁人は一時的に母方の実家である青葉台の家に避難していた。

 そして万が一にも芳乃がニュースに対してネガティブな感情を持っていてはいけないので、自分の名前にまで仮名を使ってしまった。

 ニュースで、未成年であり社員でもない暁人の名前が出る訳がない。

 しかし学校でも会社の不祥事は噂になっていて、暁人はクラスメイトから避けられていた。
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