上 下
37 / 63

それより

しおりを挟む
 彼を見つめて言葉を待っていると、柊壱は反対側を向き窓の外に視線をやる。

「副社長はお若いですが、三峯さんが思っている以上にしっかりされています。失態を招く事は決してしません」

 柊壱の言葉に何も言えず、芳乃は溜め息をつく。

「つらいと思っている時期は、働いて日々忙しくしていれば、いずれ過ぎ去るものです。お気持ちは分かりますが、早まった真似はせず、とりあえず今の環境のまま過ごすのをお勧めします」

「ですが……。いつまでもグレースさんに隠し通せないでしょう」

 それは一番恐れている事だ。

 白銀の言うふんわりとした〝多分大丈夫〟のような言い方とは比べものにならない、圧倒的な〝現実〟だ。

「彼女は今お二人が暮らしているマンションには、絶対来ませんよ」

「え? だって先日、銀座にあるバーで話していたのを聞いてしまったんです。『いつか同じ家に住みましょう』って」

 先日暁人をつけてしまった事は、すでに話してある。
 恥ずかしくて堪らないが、事実なので彼に突きつけた。

「来ないものは来ないんです。それより――」

 柊壱は溜め息混じりに言ったあと、脚を組み替える。

「今後、副社長がお迎えする海外からの客人をご存じですか?」

「い、いえ……」

 突然話題が変わり、芳乃は首を横に振る。

「アメリカの〝ターナー&リゾーツ〟のCOOが、日本進出のために副社長に話をしたいと申し出ています」

「えっ!?」

 まさかここでウィリアムが出てくるとは思わず、芳乃は声を上げる。

「極秘にお願いします。副社長が同棲し、懇意にされているあなたに関わる事だからお話しました」

「は、はい」

 急に色んな事が起こり、芳乃は混乱する頭を必死に落ち着かせようとする。

「恐らく、暑い夏は避けて秋には〝エデンズ・ホテル東京〟にいらっしゃいますね」

「…………はい」

 まさかウィリアムが日本に来るとは思っていなかった。

 いや、〝ターナー&リゾーツ〟はアメリカでは大手企業だったし、ヨーロッパにも事業を拡大している。
 ウィリアム自身も、アジア進出については言及していた。

「その時は君の実家に行ってみるのもいいね」……と言われたのは、遠い思い出だ。

 今までは芳乃自身もNYにいたため、ウィリアムが東京に来るという想像が現実的にできていなかった。
 彼はいつも出張があると言っては、広いアメリカ国内やヨーロッパへ行っていたため、アジアに赴くイメージがなかった。

(でも、考えられない訳じゃない。東京は世界中から注目されているし、アジアと言えば香港やシンガポールなども経済の発展地として有名だ。グローバルな企業にしたいと言っていて、彼が日本に興味を持たないはずがなかったんだ)

 考え直してから、ふ……と、自分が〝ゴールデン・ターナー〟で唯一の日本人スタッフだったのを思い出す。

(もしかして、日本や日本人の感覚を知りたくて私と付き合った?)

 不意にこみ上げたのは、嫌な想像だった。

 ふられたからと言って、わざわざ相手を悪者にする想像をするものではない。
 帰国してから、ウィリアムとレティを悪役にしたいのを必死に堪えてきた。

 だというのに、今になってその感情が蘇り、芳乃を黒く染めようとしている。

「……大丈夫ですか?」

 柊壱に声を掛けられ、芳乃はハッとして顔を上げる。

「は、はい」

 彼は少し沈黙して、何かを思案したあと口を開いた。

「副社長から、〝ターナー&リゾーツ〟のCOOとの話は聞いています」

 まさか婚約破棄された事が共有されていたと知らず、芳乃は羞恥に赤面して唇を引き結ぶ。

「……いえ。ご想像しているような、噂話目的での共有ではありません。人事も踏まえ、あなたがこれからも〝エデンズ・ホテル東京〟で気持ちよく働いていけるための、ビジネス的な情報共有です。勿論他の者には口外していませんから、お気になさらず」

 芳乃は彼に向かって小さく頷く。

(駄目だ。何でもすぐ被害妄想的に考えてしまう……)

 それだけ、二人の男に裏切られた心の傷は大きかった。

(どうしてこう、私って男性を見る目がないんだろう)

 自分自身に文句を言うものの、暁人に限っては己の選択を「失敗」と言いたくなかった。

 彼は少なくとも芳乃に悪意を持っていない。
 無条件で金を貸してくれて、献身的に接してくれた。

 感謝はすれど、恨む気持ちなど持っていない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

ハイスぺ副社長になった初恋相手と再会したら、一途な愛を心と身体に刻み込まれました

中山紡希
恋愛
貿易会社の事務員として働く28歳の秋月結乃。 ある日、親友の奈々に高校のクラス会に行こうと誘われる。会社の上司からモラハラを受けている結乃は、その気晴らしに初めてクラス会に参加。賑やかな場所の苦手な結乃はその雰囲気に戸惑うが そこに十年間片想いを続けている初恋相手の早瀬陽介が現れる。 陽介は国内屈指の大企業である早瀬商事の副社長になっていた。 高校時代、サッカー部の部員とマネージャーという関係だった二人は両片思いだったものの 様々な事情で気持ちが通じ合うことはなかった。 十年ぶりに陽介と言葉を交わし、今も変わらぬ陽介への恋心に気付いた結乃は……? ※甘いイチャイチャ溺愛系のR18シーンが複数個所にありますので、苦手な方はご注意ください。 ※こちらはすでに全て書き終えていて、誤字脱字の修正をしながら毎日公開していきます。 少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。

ヤンデレ男に拐われ孕まセックスされるビッチ女の話

イセヤ レキ
恋愛
※こちらは18禁の作品です※ 箸休め作品です。 表題の通り、基本的にストーリーなし、エロしかありません。 全編に渡り淫語だらけです、綺麗なエロをご希望の方はUターンして下さい。 地雷要素多めです、ご注意下さい。 快楽堕ちエンドの為、ハピエンで括ってます。 ※性的虐待の匂わせ描写あります。 ※清廉潔白な人物は皆無です。 汚喘ぎ/♡喘ぎ/監禁/凌辱/アナル/クンニ/放尿/飲尿/クリピアス/ビッチ/ローター/緊縛/手錠/快楽堕ち

【完結】堕ちた令嬢

マー子
恋愛
・R18・無理矢理?・監禁×孕ませ ・ハピエン ※レイプや陵辱などの表現があります!苦手な方は御遠慮下さい。 〜ストーリー〜 裕福ではないが、父と母と私の三人平凡で幸せな日々を過ごしていた。 素敵な婚約者もいて、学園を卒業したらすぐに結婚するはずだった。 それなのに、どうしてこんな事になってしまったんだろう⋯? ◇人物の表現が『彼』『彼女』『ヤツ』などで、殆ど名前が出てきません。なるべく表現する人は統一してますが、途中分からなくても多分コイツだろう?と温かい目で見守って下さい。 ◇後半やっと彼の目的が分かります。 ◇切ないけれど、ハッピーエンドを目指しました。 ◇全8話+その後で完結

【R18】婚約破棄に失敗したら王子が夜這いにやってきました

ミチル
恋愛
婚約者である第一王子ルイスとの婚約破棄に晴れて失敗してしまったリリー。しばらく王宮で過ごすことになり夜眠っているリリーは、ふと違和感を覚えた。(なにかしら……何かふわふわしてて気持ちいい……) 次第に浮上する意識に、ベッドの中に誰かがいることに気づいて叫ぼうとしたけれど、口を塞がれてしまった。 リリーのベッドに忍び込んでいたのは婚約破棄しそこなったばかりのルイスだった。そしてルイスはとんでもないこと言い出す。『夜這いに来ただけさ』 R15で連載している『婚約破棄の条件は王子付きの騎士で側から離してもらえません』の【R18】番外になります。3~5話くらいで簡潔予定です。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【完結】鳥籠の妻と変態鬼畜紳士な夫

Ringo
恋愛
夫が好きで好きで好きすぎる妻。 生まれた時から傍にいた夫が妻の生きる世界の全てで、夫なしの人生など考えただけで絶望レベル。 行動の全てを報告させ把握していないと不安になり、少しでも女の気配を感じれば嫉妬に狂う。 そしてそんな妻を愛してやまない夫。 束縛されること、嫉妬されることにこれ以上にない愛情を感じる変態。 自身も嫉妬深く、妻を家に閉じ込め家族以外との接触や交流を遮断。 時に激しい妄想に駆られて俺様キャラが降臨し、妻を言葉と行為で追い込む鬼畜でもある。 そんなメンヘラ妻と変態鬼畜紳士夫が織り成す日常をご覧あれ。 ୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧ ※現代もの ※R18内容濃いめ(作者調べ) ※ガッツリ行為エピソード多め ※上記が苦手な方はご遠慮ください 完結まで執筆済み

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...