11 / 63
契約恋人
しおりを挟む
『そうか? なら良かった。それで提案なんだけど、君、料理はできるだろうか?』
「? はい……。普通の家庭料理なら……」
『通勤しやすい場所に、俺のマンションがある。そこで一緒に住まないか?』
「えっ?」
突然の提案に、芳乃は声を上げ、誰もいないというのに周囲を見回す。
『理由は、まず恋人ごっこをしやすい点にある。それに俺は、今は面倒であまりマンションに帰っておらず、ホテルにばかりいて食生活は外食かルームサービスだ。……でも、やっぱり家庭料理を食べたいという気持ちがある。掃除などは家政婦さんに任せているから、週に何回かでいいから、君の料理が食べられるのなら嬉しい』
「……そ、そんな事でいいのなら……」
電話の向こうで、暁人が嬉しそうに笑ったのが聞こえた。
『良かった。なら決定だ。近いうちに荷物をまとめて東京駅まで来てほしい。日程が決まったら、スケジュールを調整して迎えに行く』
「承知いたしました」
あっという間に引っ越しが決まり、電話が終わったあとに芳乃は荷物をまとめ始めた。
母と弟には〝大人の恋人ごっこ〟の事は話さず、副社長が境遇に同情してくれて金を無利子で貸してくれたという旨を話した。
詐欺を疑われたが、世間的に名前の知れている大企業の御曹司であり、副社長があくどい事をするはずもない。
芳乃自身いまだ信じられてはいないが、このまま家族全員で借金まみれになり疲弊していくよりは、ずっといいと思っていた。
「いずれきちんとご挨拶をしないとね」
母はいまだ釈然としていない様子だが、無理はない。
「就職先の副社長さんがたまたまいい人で良かった。宝くじみたいな確率での幸運だし、今後〝エデンズ・ホテル東京〟のために身を粉にして働くつもりだよ」
勇気づけるように言った芳乃を、母は様々な感情のこもった表情で見て、苦く笑う。
「……芳乃にばかり苦労を掛けてしまうわね」
「そんな事、考えなくていいの! 今までNYに行って好き勝手させてもらっていたんだから、今度は家族のために過ごせて嬉しいよ」
もう金は受け取ってしまったあとだし、状況は覆せない。
「私は自分の選んだ道を信じたい。お父さんが投資で失敗してしまったのも、持病の発作で死んでしまったのも、不測の事態だった。でもお金を貸してくれているのは、これから毎日のように職場で顔を合わせる副社長だし、いいコミュニケーションを取れば事態はいい方向に転んでいくと信じてる」
「……そうね。人と人のお付き合いなら、誠実に接していけば良い方向に転がるかもしれない。お母さんも近いうちに、きちんとご挨拶するからね」
「うん、分かった」
「東京ではどこに住むんだ?」
弟に尋ねられ、芳乃は半分ごまかしつつ答える。
「副社長が所有しているマンションの一室に空きがあるから、そこに住まわせてもらうの。代わりにご飯を作ったり、雑用とかもあるけれど、それも借金返済の一部の条件に入ってる。体調を崩すような事はさせず、本業であるホテルの仕事を優先させてくれるって言っていたから、そこは安心して?」
「俺も給料の一部を返済に充てるけど、姉ちゃんの給料だけで二億、返せるのかよ」
痛いところを突かれ、芳乃は微妙に笑う。
「分からない。けど堅実に働いて返してくつもり。何かあったらすぐ相談する」
母も弟も不安で堪らないという表情をしていたが、「すぐ相談する」と聞いて安心したようだった。
「こまめに連絡すれよ」
「分かった。ありがとう」
そして芳乃は暁人のマンションに向かう準備をした。
NYにいたのでもともと荷物は少なく、纏めたあとはすぐに麹町にある暁人のマンションに引っ越した。
スーツケース一つと大きなリュック一つを担いで現れた芳乃を見て、東京駅まで迎えに来た私服の暁人は「それだけ?」と目を瞬かせる。
「私、もともとアメリカにいたので、実家にそれほど荷物がないんです。その前も一人暮らしをしていましたし、渡米前に余計な物はすべて処分してしまったんです。なので、家財道具的な物は何も……」
「あぁ……、そうか」
履歴書は見ていたはずだが、もう一度説明されて彼は深く納得したようだった。
「とにかく、行こう」
暁人は車で迎えに来ていて、ロータリーで車に乗り込んだあと、数分で彼のマンションに着いた。
「? はい……。普通の家庭料理なら……」
『通勤しやすい場所に、俺のマンションがある。そこで一緒に住まないか?』
「えっ?」
突然の提案に、芳乃は声を上げ、誰もいないというのに周囲を見回す。
『理由は、まず恋人ごっこをしやすい点にある。それに俺は、今は面倒であまりマンションに帰っておらず、ホテルにばかりいて食生活は外食かルームサービスだ。……でも、やっぱり家庭料理を食べたいという気持ちがある。掃除などは家政婦さんに任せているから、週に何回かでいいから、君の料理が食べられるのなら嬉しい』
「……そ、そんな事でいいのなら……」
電話の向こうで、暁人が嬉しそうに笑ったのが聞こえた。
『良かった。なら決定だ。近いうちに荷物をまとめて東京駅まで来てほしい。日程が決まったら、スケジュールを調整して迎えに行く』
「承知いたしました」
あっという間に引っ越しが決まり、電話が終わったあとに芳乃は荷物をまとめ始めた。
母と弟には〝大人の恋人ごっこ〟の事は話さず、副社長が境遇に同情してくれて金を無利子で貸してくれたという旨を話した。
詐欺を疑われたが、世間的に名前の知れている大企業の御曹司であり、副社長があくどい事をするはずもない。
芳乃自身いまだ信じられてはいないが、このまま家族全員で借金まみれになり疲弊していくよりは、ずっといいと思っていた。
「いずれきちんとご挨拶をしないとね」
母はいまだ釈然としていない様子だが、無理はない。
「就職先の副社長さんがたまたまいい人で良かった。宝くじみたいな確率での幸運だし、今後〝エデンズ・ホテル東京〟のために身を粉にして働くつもりだよ」
勇気づけるように言った芳乃を、母は様々な感情のこもった表情で見て、苦く笑う。
「……芳乃にばかり苦労を掛けてしまうわね」
「そんな事、考えなくていいの! 今までNYに行って好き勝手させてもらっていたんだから、今度は家族のために過ごせて嬉しいよ」
もう金は受け取ってしまったあとだし、状況は覆せない。
「私は自分の選んだ道を信じたい。お父さんが投資で失敗してしまったのも、持病の発作で死んでしまったのも、不測の事態だった。でもお金を貸してくれているのは、これから毎日のように職場で顔を合わせる副社長だし、いいコミュニケーションを取れば事態はいい方向に転んでいくと信じてる」
「……そうね。人と人のお付き合いなら、誠実に接していけば良い方向に転がるかもしれない。お母さんも近いうちに、きちんとご挨拶するからね」
「うん、分かった」
「東京ではどこに住むんだ?」
弟に尋ねられ、芳乃は半分ごまかしつつ答える。
「副社長が所有しているマンションの一室に空きがあるから、そこに住まわせてもらうの。代わりにご飯を作ったり、雑用とかもあるけれど、それも借金返済の一部の条件に入ってる。体調を崩すような事はさせず、本業であるホテルの仕事を優先させてくれるって言っていたから、そこは安心して?」
「俺も給料の一部を返済に充てるけど、姉ちゃんの給料だけで二億、返せるのかよ」
痛いところを突かれ、芳乃は微妙に笑う。
「分からない。けど堅実に働いて返してくつもり。何かあったらすぐ相談する」
母も弟も不安で堪らないという表情をしていたが、「すぐ相談する」と聞いて安心したようだった。
「こまめに連絡すれよ」
「分かった。ありがとう」
そして芳乃は暁人のマンションに向かう準備をした。
NYにいたのでもともと荷物は少なく、纏めたあとはすぐに麹町にある暁人のマンションに引っ越した。
スーツケース一つと大きなリュック一つを担いで現れた芳乃を見て、東京駅まで迎えに来た私服の暁人は「それだけ?」と目を瞬かせる。
「私、もともとアメリカにいたので、実家にそれほど荷物がないんです。その前も一人暮らしをしていましたし、渡米前に余計な物はすべて処分してしまったんです。なので、家財道具的な物は何も……」
「あぁ……、そうか」
履歴書は見ていたはずだが、もう一度説明されて彼は深く納得したようだった。
「とにかく、行こう」
暁人は車で迎えに来ていて、ロータリーで車に乗り込んだあと、数分で彼のマンションに着いた。
20
お気に入りに追加
635
あなたにおすすめの小説
ハイスぺ副社長になった初恋相手と再会したら、一途な愛を心と身体に刻み込まれました
中山紡希
恋愛
貿易会社の事務員として働く28歳の秋月結乃。
ある日、親友の奈々に高校のクラス会に行こうと誘われる。会社の上司からモラハラを受けている結乃は、その気晴らしに初めてクラス会に参加。賑やかな場所の苦手な結乃はその雰囲気に戸惑うが
そこに十年間片想いを続けている初恋相手の早瀬陽介が現れる。
陽介は国内屈指の大企業である早瀬商事の副社長になっていた。
高校時代、サッカー部の部員とマネージャーという関係だった二人は両片思いだったものの
様々な事情で気持ちが通じ合うことはなかった。
十年ぶりに陽介と言葉を交わし、今も変わらぬ陽介への恋心に気付いた結乃は……?
※甘いイチャイチャ溺愛系のR18シーンが複数個所にありますので、苦手な方はご注意ください。
※こちらはすでに全て書き終えていて、誤字脱字の修正をしながら毎日公開していきます。
少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
【完結】堕ちた令嬢
マー子
恋愛
・R18・無理矢理?・監禁×孕ませ
・ハピエン
※レイプや陵辱などの表現があります!苦手な方は御遠慮下さい。
〜ストーリー〜
裕福ではないが、父と母と私の三人平凡で幸せな日々を過ごしていた。
素敵な婚約者もいて、学園を卒業したらすぐに結婚するはずだった。
それなのに、どうしてこんな事になってしまったんだろう⋯?
◇人物の表現が『彼』『彼女』『ヤツ』などで、殆ど名前が出てきません。なるべく表現する人は統一してますが、途中分からなくても多分コイツだろう?と温かい目で見守って下さい。
◇後半やっと彼の目的が分かります。
◇切ないけれど、ハッピーエンドを目指しました。
◇全8話+その後で完結
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
ヤンデレ男に拐われ孕まセックスされるビッチ女の話
イセヤ レキ
恋愛
※こちらは18禁の作品です※
箸休め作品です。
表題の通り、基本的にストーリーなし、エロしかありません。
全編に渡り淫語だらけです、綺麗なエロをご希望の方はUターンして下さい。
地雷要素多めです、ご注意下さい。
快楽堕ちエンドの為、ハピエンで括ってます。
※性的虐待の匂わせ描写あります。
※清廉潔白な人物は皆無です。
汚喘ぎ/♡喘ぎ/監禁/凌辱/アナル/クンニ/放尿/飲尿/クリピアス/ビッチ/ローター/緊縛/手錠/快楽堕ち
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる