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囮2

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「私は城の者にある程度融通が利きますからね。二人きりになるのに丁度いい個室も知っているのですよ」
「まぁ、素敵ですわ。わたくし、バルコニーから月や庭園が望めるお部屋がいいのですが……。そういうお部屋もご存知でして?」

 逆にバルコニーに立つ事ができれば、外で控えている者に位置を早く知らせる事ができる。そうすればヴォルフにも連絡が行き、確実に部屋が突き止められるだろう。

「ええ、ええ。あなたのお望みのままに」

 背に手を当てられたまま廊下を進み、アンバーは見知らぬ王宮の内部をなるべく覚えようとする。しかし迷路のように複雑な道のりや、どこを見ても立派なしつらえは緊張したアンバーを逆に混乱させた。

「こちらです」

 ツェーザルがある一室のドアを開き、アンバーを先に入らせた。
 どこの屋敷にもあるような客間だったが、ソファセットや壁にある絵画などは十分に立派だ。飲み物も様々な酒が揃っていて、氷で冷やされている。一瞬視線を走らせた天蓋つきベッドは、世話になりたくない。
 まずバルコニーに出て外の警備に自分の位置を知らせようとすると、ツェーザルの声がした。

「ワインは赤と白どちらがお好きですか?」

 ワイングラスを持った彼が問うので、アンバーは足を止め微笑む。

「では、甘めの白でお願い致します」

 まさかここで薬でも盛られてしまえば、どうにもならない。酒に弱い振りをして、チビチビ飲む真似をしつつ飲まない作戦を決めた。

「すぐにお持ちしますから、アレクシア様は座っていてくださいますか?」

 作戦が見抜かれたのかと思い一瞬ドキッとしたが、一端ここは言う通りにする。バルコーにには後で立てば構わないだろう。

「わたくし、お恥ずかしい事にお酒をあまり飲めなくて……。あまりお付き合いできないかもしれませんが、ご容赦なさってね?」
「構いませんとも。酒は楽しむためのものです。無理強いは致しません」
「紳士ですのね」

 彼が黒幕なのだとしたら、酒の無理強い以上の事を裏でしている。アンバーの心は冷え切ったままで、ドアの向こうに見張りがいてくれるのかと意識を向けた。
 だがヴォルフの部下は気配を殺すのが上手いのか、周囲はシンとしていて自分とツェーザルしかいないように思える。

「ツェーザル様はどのような方と交流がありますの?」
「え? どういう事ですか?」

 いきなり核心を突きすぎたかとアンバーは焦ったが、穏やかな微笑みを浮かべごまかす。

「また次回もどこかでお会いしたいと思いまして。わたくしの知り合いが開く舞踏会なら、参加できるのでは……と思ったのです」
「ああ、そういう事ですか。嬉しいですね」

 ツェーザルは自分とアンバーのワインをテーブルに置き、ソファに深々と座った。

「侯爵家を背負っていらしたら、交友関係も広いのではありませんこと? わたくしは他国からやって参りましたから、是非ともツェーザル様のご友人にもお会いしたいのです」

 本当は、犯人の横の繋がりを知るためだ。

「おやおや、あなたは本当に悪い女性だ。私という男が目の前にいるのに、もう次の男を見つけようとしているのですか?」

 赤ワインを一口飲み、ツェーザルが己の唇を舐める。まるで獣が獲物を目の前にしたようで、一瞬彼の青い瞳に残忍な光が宿ったように見えた。

「ふふ、お互い様ですわよ?」

 余裕たっぷりの笑みを浮かべつつ、アンバーは乾ききった喉を唾で潤した。

 ここからが本番だ。

「どういう事ですか?」
「わたくし、風の噂で聞きましたの。ツェーザル様は色んな女性に、綺麗なペンダントを贈っていらっしゃるって……。あなたこそ悪い男なのではなくて?」
「…………」

 一瞬、ツェーザルの顔色が変わった。

 アンバーは、このままツェーザルが自分を襲ってくる可能性は低いと踏んでいた。仮にも自分は『地獄の猟犬』と呼ばれる元帥の婚約者だ。そうと分かっていながら手を出すほど、ツェーザルもバカではないと思う。
 だからこそ、「この女を黙らせないと」と思わせるネタを言い、彼を動揺させる必要があった。

 すぐに顔に笑みを戻したツェーザルは、興味深そうにアンバーを見つめる。

「その噂はどこから聞きました?」
「あら、社交界の噂ですわ。女性の口というものも、戸が立てられないものですしね。ツェーザル様のように素敵な方から贈り物を頂けば、誰だって嬉しくなって自慢してしまいますもの。お一人のようですし、きっと沢山の令嬢があなたを狙っていますわ。令嬢たちもあなたの寵愛を受けようと、牽制し合っているのではなくて?」

 蠱惑的に笑い、アンバーは腕を寄せて胸を強調した。

「ペンダントとは……、これの事でしょうか?」

 ふと脚を組んだツェーザルは、首のチェーンを引っ張りあのペンダントを取り出した。記憶通りの形をしたそれは、蝋燭に反射して七色に光る。

「わたくしはどんなペンダントか存じ上げないのですが……。素敵ですわね?」
「ふふ、付けてみますか?」

 チャリ……と微かな音をたててツェーザルはペンダントを外し、立ち上がる。

「人妻になろうとしているのに、他の男の首輪を欲しがるとは本当にいけない人だ」
「貞淑なだけの女って、つまらないでしょう?」
「そうですね。女性は大人になり様々な体験をして、一人前の妖艶なレディとなるのです」

 アンバーの背後に立ったツェーザルは、彼女の首にペンダントをつける。

「あなたは非常に聡明で妖艶で……、危険な人だ」
「どういう意味です?」

 背後から何をされるか分からない。緊張に胸を高鳴らせ、アンバーはツェーザルを振り仰ぎ微笑んだ。
 彼の裏面を知らない女性なら、きっと惚れ惚れするだろう笑みを浮かべたツェーザルは、再び目に残忍な光を湛えた。

「閣下の犬として私に近付いたのは分かっていますが、詰めが甘いという事です」

 ツェーザルの酷薄な笑み、アンバーの策を見透かした言葉に彼女はハッと体を強張らせた。

「あなたのように頬に大きなほくろがある女性、忘れるはずがないでしょう。一度売られて商品になった雌豚が、私を陥れられると思ったのか」

 頭からザァッと血の気が引いたと思った瞬間、首元でカチッと小さな音がした。
 咄嗟に逃げようとした途端、背後からハンカチで口元を覆われ、アンバーは混乱した。そこにあのペンダントの中身――エーテルが垂らされ、ハンカチごと口元が押さえられた。

「むぅうっ!」

 渾身の力でツェーザルを振りほどこうとするが、背後から男の力でガッシリ締め付けられ敵わない。

 ――なんて愚かな事をしてしまったのだろう。
 ――ヴォルフ様に作戦は失敗だとお伝えしなければ。

 それだけが頭を支配し、アンバーは最後まで抵抗を試みる。

「おやすみ。蛮勇の令嬢よ。閣下の婚約者は女好きの侯爵と姿を消し……閣下を永遠に振ったと噂になるだろう。心配しなくていい。閣下には私が上手に女を斡旋しておく。あなた程度の女なら、そこらに掃いて捨てるほどいるからな」

 意識が途切れる前に聞こえた言葉は、呪いにも等しいものだった。

 絶望と恐怖に彩られたまま、アンバーは気を失った。



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