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新しい生活2

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「俺の部屋は、この寝室の奥の方になる。ずっと続き間になっているから、迷う事はないだろう。君の部屋はこの寝室と向こうのバスルーム。あちら隣には衣装室と普段過ごすための部屋もある」

 ヴォルフは起き上がり寝台から降りると、足元に置いてあったガウンを羽織った。

「随分と待遇が良いのですね」

 アンバーも起き上がり、裸の胸を羽根布団で隠す。
 ヴォルフは窓辺に近寄ると、自らカーテンを開き外を窺う。油断のない目で窓から見えるすべての景色に視線を走らせつつ、口はアンバーの問いに答えた。

「だから君を妻に望んでいると言っただろう」

 何もないと確認した後、日差しの下でヴォルフが微笑んだ。

「君もここでの生活に馴染めばいいな。早く慣れろとは言わないが、俺もこの城の人間も全員君を歓迎している。誰一人、君に害を与える者はいない。俺が現在取り組んでいる仕事がちゃんと片付いたら、君を外に出してやる事もできる。いずれは君のご両親に会いに行く事も可能だろう」
「そう……ですか」

 ヴォルフは随分と希望に満ちた事を言うが、アンバーはいまだ信じ切れていない。

「シシィをよこす。着替えたら朝食室に着てくれ。昨晩の今朝だから、体調が悪いようだったらゆっくりで構わない」

 それだけ言うと、ヴォルフは続き部屋の向こうに消えてしまった。
 アンバーがぼんやりとしていると、ノックの音がしてシシィが現れる。

「おはようございます、奥様。軽く湯浴みをしてから、お着替えを致しましょう」
「……おはよう、シシィ」

 シシィに事後の体を見られるのは恥ずかしい。だがモジモジしているアンバーの気持ちを察したのか、シシィはカラッとした態度で臨んでくれた。

「奥様、シシィは奥様の忠実なメイドでございますから。何も恥ずかしがらないでくださいまし。さあ」

 言葉の最後と一緒に強引に布団を剥がれ、ゆっくりと立たされるとバスルームに向かう。

 やはりあの伝い漏れる感覚があったけれど、シシィの前なので我慢をした。

 メイドはテキパキと手を動かし、同じくらい口も動かしてアンバーの心を解してくれた。
 汗を掻き体液にまみれた体は清められた。
 バスタブは昨晩のようにバラの花びらはなかったけれど、香油はちゃんと垂らされているようでいい香りがした。時間で使い分けているのか、今はスッキリとする柑橘系の匂いだ。

 清潔なタオルで体を拭いたあと、シシィがローズオイルを揉み込んでくれる。肌がしっとりと潤うと、ドロワーズとシュミーズをを身につける。そのあと連れて行かれた衣装室で、アンバーは言葉を失いかけた。

 大きな窓の向かいには巨大な三面鏡があり、アンバーの姿をあらゆる角度から映してくれる。
 左右の壁には備え付けのクローゼットがあり、いずれも手の込んだ上等なドレスがびっしりとハンガーに掛かっていた。

「奥様は何色がお似合いになるかしら? あぁ、楽しいです。今までお仕えしていたのは、いつもしかめっ面の旦那様だけでしたから」

 ウキウキとした様子のシシィは、アンバーを立たせてあれこれとドレスを体に当てている。
 空色のドレスに金糸で刺繍が施され、繊細なレースがついた物があれば、ピンクのドレスはフリルやリボンがたっぷりでとても愛らしい。春を感じさせる若草色のドレスには唐草模様や小鳥が刺繍され、中に着るペチコートも小花の刺繍があり上品だ。

 そのどれもが、アンバーの背丈にピッタリだった。

「本当にヴォルフ様は、今まで恋人や奥様がいらっしゃらなかったの?」

 見たところ彼は二十代半ばぐらいに見える。
 結婚していてもおかしくないし、あれだけの美青年なら引く手も数多だろう。いい爵位を持っていて当主。だとすれば権力も財産もあるし、世のレディが放っておくと思えない。

「本当にございます。旦那様は心から奥様を歓迎されていらっしゃるのですよ」
「……訳が分からないわ」

 本当に昨晩から驚く事ばかりだ。
 伯爵令嬢たるアンバーが山賊に襲われて、裏オークションに掛けられたのは勿論。買ったヴォルフがどこぞの貴族だという事。彼の格好よさにも驚いているというのに、女性の影がなく、買った女であるアンバーを待ち焦がれていたというような雰囲気だ。

 与えられる環境はメイドづきの豪勢な生活。ドレスもすべて素晴らしくて、小物入れにあるアクセサリーや宝石もすべて好きにしていいのだと言う。

 悪い夢をみて、延々と夢の続きにいるようだ。
 もしかしてどこかに眠った自分がいるのなら、早く馴染みの伯爵領で目覚めてほしい。

「奥様はお肌が抜けるように白いですから、薄い色のドレスもとてもお似合いですね。アイボリー……にはまだ少し早い気がしますから、こちらの若草色のデイドレスに致しましょう」
「ありがとう、シシィ」

 春先なのでふんわりとした長袖は腕を隠し、きっちりと肌を隠した姿はどこかアンバーを安心させた。

 昨晩ヴォルフに散々愛された肌は、まだ官能の跡を赤く残していた。
 シシィ以外の誰かにそれを見られるのは嫌だし、ヴォルフ本人に昼間から見られるのはもっと避けたい。

 なので彼女が提案してくれたドレスを喜んで纏った。
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