上 下
1,533 / 1,544
第二十三部・幸せへ 編

まだ夢みたい

しおりを挟む
「……お腹の傷は大丈夫?」

「傷痕はまだ残ってるけど、こうしてピンピンしてる」

 佑は微笑んで答えたあと、香澄の髪をサラリと撫でて尋ねてきた。

「香澄は? 目にスプレーを掛けられていただろう」

「あの時、アロイスさんがすぐ対応して、目を水で洗い流してくれたの。ペットボトルの水を沢山掛けられたから、服とか髪とかびしょ濡れになっちゃったけど、でもそのお陰で回復が早かったと思う。私一人だったら、目を擦ってもっと悲惨な事になっていたんじゃないかな」

「……じゃあ、アロイスに感謝だな」

「うん。クラウスさんも、とても気を遣ってくれたよ」

「……ん……」

 話しながら、佑は熱の籠もった目で香澄を見つめている。

 香澄はその視線に気づきながらも、見つめ返したら流れが変わってしまいそうで、目を合わせられずにいた。

「香澄」

 佑は彼女の名前を呼び、そっと耳に触れてくる。

 彼女は少し首を竦め、前を向いたまま「なに?」と答えた。

「会いたかった」

 何よりもシンプルな言葉を聞いた瞬間、様々な感情がグッとこみ上げてくる。

「……わ、私も、…………会いたかった」

 とても、物凄く、感情がすり切れるぐらい今日の日を待ちわびていたつもりなのに、いざという時に最良の反応ができない自分が嫌だ。

(離れている間、何回も『再会できたらこう言おう』ってシミュレーションしていたのに)

 とは言っても、香澄の想像していた再会パターンに今回のゲリラプロポーズは含まれておらず、そこから調子を崩されて混乱したままと言っていい。

「香澄、こっちを見て」

 耳に触れる佑の親指が、やけに熱い。

 これ以上ないぐらい胸を高鳴らせてゆっくり彼を見ると、佑はヘーゼルの目でジッとこちらを見つめていた。

「ウウ……」

 久しぶりに佑の綺麗な目を直視してしまった香澄は、目をそらせずにくぐもった声を漏らす。

「……可愛い。相変わらず髪がサラサラで、肌が白くてすべすべしていて、目がとても綺麗だ。香澄ほど透明感のある女性を見た事がない」

「……た、佑さんもとても綺麗です」

 離れていた期間は実際そう長くはないのに、とても長い間佑と会えていないような気持ちになり、彼のような美形に正面きって褒められると、照れくさくて堪らない。

 そう言うと、佑はクスクス笑いだした。

「なんか、中学一年生で習う英語みたいだな」

「も、もぉ……」

 むくれてみせてから、確かに「This is a pen.」みたいな事を言ってしまったと思い、つられて笑う。

 空気が少し柔らかくなったところで、佑が尋ねてきた。

「沢山話したいけど、……その前にキスして抱き締めてもいいか?」

 優しく尋ねられ、胸の奥からキューッと甘酸っぱい感情がこみ上げた香澄は、緊張しながら彼の腕の中に収まった。

 その途端、フワッと佑の匂いに包まれ、衣服越しの温かな体にうっとりと目を細める。

 同時に、この上ない引力を感じ、ほんの少しの怖れも覚えた。

 香澄が少し表情を強張らせたからか、佑は気遣って尋ねてくる。

「嫌か? やっぱり『むしのいい事を言っている』と思ってる?」

「ううん! 違う!」

 とっさに否定したあと、香澄は少しずつ今の自分の気持ちを言語化していった。

「……まだ夢みたいなの。今こうして目の前に佑さんがいて、全部終わってもう何にも怯えず幸せになっていい状況が、嘘みたいで……。これは夢で、寝て目が覚めたら船の中にいるかもしれない。……こうやって佑さんに触れているのに、また……っ、……全部の幸せが消えてしまうんじゃないか、って……」

 説明しながら、香澄はポロポロと涙を零す。

「ごめんなさい、泣いて困らせたい訳じゃないの。……今まで、何度も、何度も、……幸せになれると信じたのに、谷底に落とされて、……っ、いつ幸せになれるか分からなくなってた……っ。誰よりも佑さんを信じてるのに、……運命が、怖い……っ」

 香澄の言葉を聞き、佑は彼女の心に深い傷が刻まれているのを改めて知った。

「じゃあ、今日は徹夜する?」

「ん?」

 悪戯っぽく尋ねられ、香澄は目を瞬かせる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

若妻シリーズ

笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。 気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。 乳首責め/クリ責め/潮吹き ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/SplitShire様

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

処理中です...