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第二十三部・幸せへ 編

あそこしかない

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(ごめんね、香澄さん)

 心の中で香澄に謝った澪は、小さく溜め息をついて顔を上げた。

 隣に座っている彼女はズタズタに傷付いていて、本当なら今すぐにでも佑に会わせてあげたい。

 双子の意見に賛成して、再会まで佑の記憶が戻った事を黙っていると約束したものの、傷付いた香澄を前にすると決意が揺らぐ。

(彼女の幸せを思うなら、教えてあげたほうが一番いいのは分かってる)

 それでも、兄に腹を立てていたのは事実なのだ。

 自分が珍しく心を許した女性――香澄が、兄につれなくされてボロボロになっているのは見るに堪えない。

 彼女が公私共に献身的に佑に尽くしていたのは、ブラコンを自負している澪が一番よく分かっている。

(でも、香澄さんは義姉になる人だわ)

 心を揺らした澪は溜め息をつき、また香澄の手を握った。

「香澄さん」

「……はい?」

 彼女を呼ぶと、香澄はこちらを見る。

「……きっともうすぐ、佑はすべてを思いだして、あなたのもとへやってくると思うの」

「……そうだといいですね」

 小さく微笑んだ香澄は、両手をパフッと布団の上にのせて拳を握り、「んっ」と伸びをする。

「寝ましょう。明日の朝食が楽しみです」

「……っふふ、そうね」

 澪は息を吐いたあと、モソモソと布団の中に潜る。

「おやすみなさい」

 香澄も横になり、手を伸ばしてライトを消した。



**



 佑はガブリエルのもとを発ったあと、節子たちと別れてパリに向かった。

 パリで所用を済ませ、いつものホテルで考え事をする。

 この街には何度も来ているため、そのぶん思い出が多い。

 香澄と同棲し始めた頃、この部屋で松井と話し、恋愛を知りたての少年のように『香澄が好きだ』と悶えていた。

 別の時にはこのホテルでエミリアと出会い、運命の歯車が狂ってしまった。

(俺さえ……)

 ――あの時、このホテルでエミリアと再会していなければ。

 マイナス思考がグルグルと巡り始め、良くないと感じた佑は「ストップ」と声を出す。

 思考の渦は止まり、佑はプラスの事を考え始める。

(……お花見うさぎ。……花見とくれば桜。……桜と言えば……、恐らくあそこしかない)

 パリから飛行機でおよそ九時間。

 恐らく双子は、桜祭りの期間中に香澄を探せといっているのだろう。

(ワシントンDCのホテルをチェックする? ……いや、幾らなんでも教えてくれないだろう。ショーンを頼って駄目なら、現地で探し回るしかない)

 スマホを手にして祭りが始まる日を調べると、もうそろそろだ。

(のんびりしていられない)

 佑はショーンに電話を掛け、コール音を耳にする。

「Hello?」

『ショーン、俺だ』

《……やあ》

 彼は電話の向こうでクスッと笑う。

『頼む。混んでいるだろうが、これからワシントンDCのホテルに泊まらせてもらえないだろうか? どんな部屋でも構わない』

《お安いご用だ。……傷の具合は?》

 尋ねられて、自分が様々な事をすっ飛ばしていた事に気づいた。

 彼とはパリの病院で見舞いに来てもらって以来だ。

『パリではすまなかった。今はもう回復してあちこち動き回っている』

《それは良かった。随分心配したんだ。……周りの人もだけどね》

 ショーンの言葉を聞き、佑は探りを入れる。

『香澄と会わなかったか? ……彼女の事を思いだしたんだ。謝ってやり直したい。頼む、少しの情報でもいいから教えてくれないか?』

 必死に尋ねると、ショーンがクスクス笑う声が聞こえた。

《やっとか。彼女も会いたがってるよ》

 ショーンの言葉を聞き、佑はハッとする。

『香澄がそこにいるのか!? ショーン、いまどこにいる!?』

 佑は必死に尋ねる。

 彼は世界中にシティホテルやリゾートホテルを展開していて、一応NYを拠点にしているものの、世界中を飛び回って生活している。

 だから彼が今、南アフリカにいると言っても驚かない。

(地球の反対側にいようが、そこに香澄がいるなら駆けつけてみせる!)

 佑はショーンの言葉を聞き逃さないよう、スマホを耳にグッと押しつけた。
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