1,518 / 1,550
第二十三部・幸せへ 編
妹が語る兄
しおりを挟む
「だから佑はだんだん、特定の人を作らなくなった。〝そう〟したらあとから厄介な事になると分かっているから、最初から災いの芽は撒かないようにしていたのよ。十代の多感な時期だったのに、佑は感情の起伏が少ない少年時代を送ったわ」
澪の話を聞きながら、香澄は勇斗たちと会った時の事を思いだしていた。
御劔伝説を教えてもらったが、聞くだけでも大変そうだったのに、当の本人はどんな想いだったのだろう……と思うと、溜め息しか出なかった。
「……高校時代は、透子さんに彼女役をお願いしてたんでしたっけ」
「そうそう。聞いてた? 『そうしてまで女避けをしたいのか』って内心で突っ込んだけど、そこまでしないとならない状況だったのよね。……てか、前島さん、あからさまに佑の事を好きだったけど、あれで彼女の気持ちに気づいてないの凄いわよね。だから同性からは『モテ男の嫌みか』って嫌われるのよ。……傍から見て、気の毒だったわ。女子からは望まない想いを向けられ、男子からは本意ではない理由で嫌われて……」
「〝御劔社長〟になっても、誤解されたままでしたね」
「そう。前島さんの気持ちには気づかないまま、佑はほぼ恋愛経験がない状態で社会人になり、ビッグネームとなっていった。……そこで、あなたには悪いけど、朝丘美智瑠が出てくる」
気遣われ、香澄は小さく微笑むと「気にしないでください」と首を横に振る。
「あの女との事は、大体聞いているわよね?」
「はい。白金台の家を出る前は、あの家にも現れて直接顔を見ました」
「~~~~、あのいまいましい女!」
澪は大きく舌打ちをしてから、気持ちを落ち着かせるように溜め息をつく。
「……とにかく、あの女で失敗してから、佑はどこかおかしくなってしまったわ。朝丘美智瑠が初めてまともに付き合う相手といって良かった。でもあの女は『自分が一番佑を思ってます』って顔をした、ただの野心家だった。あいつは化けの皮を剥がされるのを嫌ったから、私とママに嫌われたのよ。もっと香澄さんみたいに、裏表なく接してくれたら、私とママも心を開いたかもしれない。……でもあの女の笑顔も言葉も、全部嘘っぽかった。文字通り〝色んな〟人を見てきた私たちは、あの女がどういう奴かすぐに見破ったのよ」
暗闇のなか、澪は溜め息をついて髪を掻き上げる。
「佑はあの女を心から愛してはいなかった。そこまで愛というものを知らなかったし、どうしたら普通の恋愛ができるか分からずにいた。でも、初めて心の中に入れた相手が朝丘美智瑠なのは確かなのよ。体調を崩した時にあの女に浮気され、会社からも去られて、……佑は物凄いショックを受けたわ。口には出さなかったけど、『だから女を信じるとこうなるんだ』って言っているようだった」
当時の佑の苦しみを想像し、香澄も思わず溜め息をつく。
「そのあと、佑は心にできた穴を埋めるように、手当たり次第女と付き合っていった。佑はちゃんと相手を見極めていたつもりだろうけど、私たちから見たら破れかぶれだったわ。いつものちゃんとした佑なら、NOZOMIなんかに引っ掛からないもの」
香澄はクリスマスイベントの時に自分を襲ってきた彼女を思い出し、無意識に腰に手をやる。
「人は〝御劔佑〟を『若くして成功した、莫大な資産を持つ美貌のサラブレッド』と呼ぶわ。どこにも欠点がなくて、何にも困っていないパーフェクトな人だと思い込んでいる。……でも実際の佑は、沢山傷付いてまともに恋愛ができなくなった可哀想な人よ。……話は振り出しに戻るけど、そんな佑がようやく見つけた〝相手〟だから、彼は香澄さんに過保護になるの」
「……そうですね」
澪が話した出来事を、香澄は直接佑から聞き、彼の親友たちからも打ち明けられていた。
でもこうして一連の事を繋げて話されると、佑がいかにまともに恋愛をせずに過ごしてきたかを改めて知った。
「あなたは佑にとってとても大事な人なの。やっと見つけた信頼できる女性で、童貞臭い愛情を全力で傾けても、嫌な顔をせずに受け入れてくれる女神みたいな人。……香澄さんの為人を知って、私たちも安心したわ。過度に高価な贈り物をされて、感覚を狂わせ、性格まで変わってしまう人は多い。でも香澄さんはずっと変わらなかった。……最初は佑が香澄さんを札幌から連れてきて、いきなり同棲を始めたと聞いて、『なにやってんだ、あの童貞!』って思ったわよ。凄く心配だった」
「あはは、童貞じゃないですけど……」
「いいのよ。行動も言動も童貞臭いわ」
吐き捨てるように言ってから、澪は香澄の手を握った。
「佑はあなたの運命をねじ曲げ、結婚してすべての責任を請け負うつもりでいながら……、予期せぬ形で失敗してしまった。……それでも、待つの?」
尋ねられ、香澄は微笑んで澪の手をキュッと握った。
「……本当に待ってほしくなかったら、こんな話しませんよ? 澪さんは佑さんを突き放しているように見えて、心の底では記憶を取り戻した彼と、私が幸せになる事を願ってくれている」
初めて澪に出会った時から、彼女の事を「素直になれない人」と感じていた。
今、澪が佑の事を理由ありきで語ったように、彼女にも〝事情〟があるのだろう。
澪の話を聞きながら、香澄は勇斗たちと会った時の事を思いだしていた。
御劔伝説を教えてもらったが、聞くだけでも大変そうだったのに、当の本人はどんな想いだったのだろう……と思うと、溜め息しか出なかった。
「……高校時代は、透子さんに彼女役をお願いしてたんでしたっけ」
「そうそう。聞いてた? 『そうしてまで女避けをしたいのか』って内心で突っ込んだけど、そこまでしないとならない状況だったのよね。……てか、前島さん、あからさまに佑の事を好きだったけど、あれで彼女の気持ちに気づいてないの凄いわよね。だから同性からは『モテ男の嫌みか』って嫌われるのよ。……傍から見て、気の毒だったわ。女子からは望まない想いを向けられ、男子からは本意ではない理由で嫌われて……」
「〝御劔社長〟になっても、誤解されたままでしたね」
「そう。前島さんの気持ちには気づかないまま、佑はほぼ恋愛経験がない状態で社会人になり、ビッグネームとなっていった。……そこで、あなたには悪いけど、朝丘美智瑠が出てくる」
気遣われ、香澄は小さく微笑むと「気にしないでください」と首を横に振る。
「あの女との事は、大体聞いているわよね?」
「はい。白金台の家を出る前は、あの家にも現れて直接顔を見ました」
「~~~~、あのいまいましい女!」
澪は大きく舌打ちをしてから、気持ちを落ち着かせるように溜め息をつく。
「……とにかく、あの女で失敗してから、佑はどこかおかしくなってしまったわ。朝丘美智瑠が初めてまともに付き合う相手といって良かった。でもあの女は『自分が一番佑を思ってます』って顔をした、ただの野心家だった。あいつは化けの皮を剥がされるのを嫌ったから、私とママに嫌われたのよ。もっと香澄さんみたいに、裏表なく接してくれたら、私とママも心を開いたかもしれない。……でもあの女の笑顔も言葉も、全部嘘っぽかった。文字通り〝色んな〟人を見てきた私たちは、あの女がどういう奴かすぐに見破ったのよ」
暗闇のなか、澪は溜め息をついて髪を掻き上げる。
「佑はあの女を心から愛してはいなかった。そこまで愛というものを知らなかったし、どうしたら普通の恋愛ができるか分からずにいた。でも、初めて心の中に入れた相手が朝丘美智瑠なのは確かなのよ。体調を崩した時にあの女に浮気され、会社からも去られて、……佑は物凄いショックを受けたわ。口には出さなかったけど、『だから女を信じるとこうなるんだ』って言っているようだった」
当時の佑の苦しみを想像し、香澄も思わず溜め息をつく。
「そのあと、佑は心にできた穴を埋めるように、手当たり次第女と付き合っていった。佑はちゃんと相手を見極めていたつもりだろうけど、私たちから見たら破れかぶれだったわ。いつものちゃんとした佑なら、NOZOMIなんかに引っ掛からないもの」
香澄はクリスマスイベントの時に自分を襲ってきた彼女を思い出し、無意識に腰に手をやる。
「人は〝御劔佑〟を『若くして成功した、莫大な資産を持つ美貌のサラブレッド』と呼ぶわ。どこにも欠点がなくて、何にも困っていないパーフェクトな人だと思い込んでいる。……でも実際の佑は、沢山傷付いてまともに恋愛ができなくなった可哀想な人よ。……話は振り出しに戻るけど、そんな佑がようやく見つけた〝相手〟だから、彼は香澄さんに過保護になるの」
「……そうですね」
澪が話した出来事を、香澄は直接佑から聞き、彼の親友たちからも打ち明けられていた。
でもこうして一連の事を繋げて話されると、佑がいかにまともに恋愛をせずに過ごしてきたかを改めて知った。
「あなたは佑にとってとても大事な人なの。やっと見つけた信頼できる女性で、童貞臭い愛情を全力で傾けても、嫌な顔をせずに受け入れてくれる女神みたいな人。……香澄さんの為人を知って、私たちも安心したわ。過度に高価な贈り物をされて、感覚を狂わせ、性格まで変わってしまう人は多い。でも香澄さんはずっと変わらなかった。……最初は佑が香澄さんを札幌から連れてきて、いきなり同棲を始めたと聞いて、『なにやってんだ、あの童貞!』って思ったわよ。凄く心配だった」
「あはは、童貞じゃないですけど……」
「いいのよ。行動も言動も童貞臭いわ」
吐き捨てるように言ってから、澪は香澄の手を握った。
「佑はあなたの運命をねじ曲げ、結婚してすべての責任を請け負うつもりでいながら……、予期せぬ形で失敗してしまった。……それでも、待つの?」
尋ねられ、香澄は微笑んで澪の手をキュッと握った。
「……本当に待ってほしくなかったら、こんな話しませんよ? 澪さんは佑さんを突き放しているように見えて、心の底では記憶を取り戻した彼と、私が幸せになる事を願ってくれている」
初めて澪に出会った時から、彼女の事を「素直になれない人」と感じていた。
今、澪が佑の事を理由ありきで語ったように、彼女にも〝事情〟があるのだろう。
236
お気に入りに追加
2,552
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~
けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。
秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。
グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。
初恋こじらせオフィスラブ
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~
雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」
夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。
そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。
全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる