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第二十三部・幸せへ 編
節子の怒り
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その時、節子が口を開いた。
『あなた、女性としてとても恥ずかしい存在ね』
いつも温厚な節子と思えない辛辣な言葉に、全員がハッとして彼女を見る。
自分に注目が集まったと自覚した節子は、スッとした座り姿で微笑んだ。
『気に入っている佑が香澄さんと婚約したと知ったら、子供のように癇癪を起こして彼女をたぶらかし、誘拐して加害するの? 周囲に自分の事を〝レディ〟と呼ばせてまで、テオと結婚したソフィアさんに対抗意識を燃やしているのに、やっている事は上流階級の女性と思えないわね。まるでチンピラの情婦だわ』
節子にせせら笑われ、エミリアは青い目をカッと見開いた。
『黙れ! アジア人のクソババア! 老い先短い死に損ないのくせに!』
最愛の節子を罵倒され、アドラーの眉間の皺が深くなる。
何か言いかけた彼を、節子が手で制した。
『語彙力がないわね。何かあったらすぐに相手の外見や年齢、人種をだしに悪口を言うなんて、脊髄反射で〝バカ〟っていうぐらい頭が悪いと皆分かっているわよ』
『うるさい! クソッタレ!』
『罵り言葉のレパートリーが豊富でいいわね。私は美しい日本語を愛しているから、あなたが好んで使っているスラングをあまり知らないの。何回も同じような言葉を繰り返しているけど、もしかして別の意味を持っている? 言っている意味がよく分からないわ。理解できなくて、ごめんなさいね』
どれだけ罵られても決してペースを崩さない節子を見て、佑は恐ろしさを覚えた。
節子はアドラーと結婚したあと、様々な困難を乗り越えてきた。
決して愚痴を漏らす事はないが、今ほど様々な事に寛容になっていない時代に、日本人の女性がドイツに向かい、苦労しなかったはずがない。
加えて結婚したのはクラウザー社の御曹司だ。
彼女を日本人だからと差別し、排除してアドラーと結婚しようとした女性は大勢いたに違いない。
その過程にどんな波乱があったかは想像するしかできないが、節子は今ここに、勝ち残ってアドラーの妻として存在している。
人生の酸いも甘いも知った今、エミリア程度の小娘を相手にしてもどうって事はないのだろう。
『あなたのご両親は冷え切った関係だったそうね? 世間体を気にするから仲良し夫婦を装っているけれど、家に帰れば一言も口を利かない。我が儘な娘の教育は祖父に任せ、母親は豪遊し、父親は淡々と仕事に明け暮れる。……愚かにも〝自分は世界中の人から愛されている〟と勘違いしたあなたはテオをレイプした。……可哀想なテオ』
節子がクスッと嗤った瞬間、立ちあがったエミリアはツカツカとこちらに歩み寄り、防弾ガラスをバンッと両手で叩いた。
『取り消せ! クソババア!』
エミリアは美しい顔を憤怒に彩り、顔を真っ赤にして歪めている。
『あら、図星だったから怒ったのね。分かりやすくてありがたいわ。……そんなふうに直情的で、自分を中心に世界が回っていると思い込んでいるから、テオに見捨てられるのよ。あなたが香澄さんに酷い事をしたあと、テオが私たちのもとを訪れて謝罪したのを知っている? 〝メイヤー家の恥さらしのせいで、多大なご迷惑をおかけした〟と、泣いて謝っていたわ』
『……っ、そんな……っ、お兄様……っ』
さすがのエミリアも、自分のせいでテオが謝罪したと聞いてショックを受けたようだ。
『二十八歳にもなって、いつまで周りに迷惑を掛けて生きるつもり? 恥ずかしいと思わないの? メイヤー家の名とその容姿さえなければ、とっくに刑務所に入っていてもおかしくないわ。身の回りを固めていた男たちもお金や脅しがなければ、あなたの言う事なんて聞かなかったでしょうに。合意のない性行為を強いられて、彼らだって被害者よ』
節子はスッと目を眇め、気の毒そうに嗤う。
『あなたのせいでメイヤー家は大きな損害を被り、〝メイヤーズ〟の株価も大暴落。あなたがお飾り社長をしていた会社も、実際に会社を経営していた役員やデザイナーを失えば、なんの価値もなくなるわ。あなた自身と同じよ』
『あああああああああああっ!!!! うるさいっ! うるさいっ!』
エミリアは髪を振り乱し、両手で何度も防弾ガラスを叩きまくる。
『あらやだわ。名家メイヤー家の令嬢が、檻の中のゴリラみたい』
節子がクスクス嗤った瞬間、エミリアがブチ切れた。
『殺してやる!! 死ね!! このクソババア!!』
エミリアは掌が真っ赤になっても構わず、バンッバンッと防弾ガラスを叩き続ける。
その様子を見て節子はにっこり笑い、「あぁ、スッキリした」と呟いた。
「……オーマ、エミリアに二度と俺たちに手出しをするなと誓わせるはずだったのに、これでは無理です」
佑は溜め息をつき、満足げな顔をしている祖母を見る。
「一度心ゆくまで言ってやりたかったのよ。香澄さんが誰かに悪意を向けられない人である以上、誰かが彼女のために怒らなければならないわ」
節子はまだ喚いているエミリアを、鑑賞用の猛獣でも見ているような目で見つめ、穏やかに微笑む。
『あなた、女性としてとても恥ずかしい存在ね』
いつも温厚な節子と思えない辛辣な言葉に、全員がハッとして彼女を見る。
自分に注目が集まったと自覚した節子は、スッとした座り姿で微笑んだ。
『気に入っている佑が香澄さんと婚約したと知ったら、子供のように癇癪を起こして彼女をたぶらかし、誘拐して加害するの? 周囲に自分の事を〝レディ〟と呼ばせてまで、テオと結婚したソフィアさんに対抗意識を燃やしているのに、やっている事は上流階級の女性と思えないわね。まるでチンピラの情婦だわ』
節子にせせら笑われ、エミリアは青い目をカッと見開いた。
『黙れ! アジア人のクソババア! 老い先短い死に損ないのくせに!』
最愛の節子を罵倒され、アドラーの眉間の皺が深くなる。
何か言いかけた彼を、節子が手で制した。
『語彙力がないわね。何かあったらすぐに相手の外見や年齢、人種をだしに悪口を言うなんて、脊髄反射で〝バカ〟っていうぐらい頭が悪いと皆分かっているわよ』
『うるさい! クソッタレ!』
『罵り言葉のレパートリーが豊富でいいわね。私は美しい日本語を愛しているから、あなたが好んで使っているスラングをあまり知らないの。何回も同じような言葉を繰り返しているけど、もしかして別の意味を持っている? 言っている意味がよく分からないわ。理解できなくて、ごめんなさいね』
どれだけ罵られても決してペースを崩さない節子を見て、佑は恐ろしさを覚えた。
節子はアドラーと結婚したあと、様々な困難を乗り越えてきた。
決して愚痴を漏らす事はないが、今ほど様々な事に寛容になっていない時代に、日本人の女性がドイツに向かい、苦労しなかったはずがない。
加えて結婚したのはクラウザー社の御曹司だ。
彼女を日本人だからと差別し、排除してアドラーと結婚しようとした女性は大勢いたに違いない。
その過程にどんな波乱があったかは想像するしかできないが、節子は今ここに、勝ち残ってアドラーの妻として存在している。
人生の酸いも甘いも知った今、エミリア程度の小娘を相手にしてもどうって事はないのだろう。
『あなたのご両親は冷え切った関係だったそうね? 世間体を気にするから仲良し夫婦を装っているけれど、家に帰れば一言も口を利かない。我が儘な娘の教育は祖父に任せ、母親は豪遊し、父親は淡々と仕事に明け暮れる。……愚かにも〝自分は世界中の人から愛されている〟と勘違いしたあなたはテオをレイプした。……可哀想なテオ』
節子がクスッと嗤った瞬間、立ちあがったエミリアはツカツカとこちらに歩み寄り、防弾ガラスをバンッと両手で叩いた。
『取り消せ! クソババア!』
エミリアは美しい顔を憤怒に彩り、顔を真っ赤にして歪めている。
『あら、図星だったから怒ったのね。分かりやすくてありがたいわ。……そんなふうに直情的で、自分を中心に世界が回っていると思い込んでいるから、テオに見捨てられるのよ。あなたが香澄さんに酷い事をしたあと、テオが私たちのもとを訪れて謝罪したのを知っている? 〝メイヤー家の恥さらしのせいで、多大なご迷惑をおかけした〟と、泣いて謝っていたわ』
『……っ、そんな……っ、お兄様……っ』
さすがのエミリアも、自分のせいでテオが謝罪したと聞いてショックを受けたようだ。
『二十八歳にもなって、いつまで周りに迷惑を掛けて生きるつもり? 恥ずかしいと思わないの? メイヤー家の名とその容姿さえなければ、とっくに刑務所に入っていてもおかしくないわ。身の回りを固めていた男たちもお金や脅しがなければ、あなたの言う事なんて聞かなかったでしょうに。合意のない性行為を強いられて、彼らだって被害者よ』
節子はスッと目を眇め、気の毒そうに嗤う。
『あなたのせいでメイヤー家は大きな損害を被り、〝メイヤーズ〟の株価も大暴落。あなたがお飾り社長をしていた会社も、実際に会社を経営していた役員やデザイナーを失えば、なんの価値もなくなるわ。あなた自身と同じよ』
『あああああああああああっ!!!! うるさいっ! うるさいっ!』
エミリアは髪を振り乱し、両手で何度も防弾ガラスを叩きまくる。
『あらやだわ。名家メイヤー家の令嬢が、檻の中のゴリラみたい』
節子がクスクス嗤った瞬間、エミリアがブチ切れた。
『殺してやる!! 死ね!! このクソババア!!』
エミリアは掌が真っ赤になっても構わず、バンッバンッと防弾ガラスを叩き続ける。
その様子を見て節子はにっこり笑い、「あぁ、スッキリした」と呟いた。
「……オーマ、エミリアに二度と俺たちに手出しをするなと誓わせるはずだったのに、これでは無理です」
佑は溜め息をつき、満足げな顔をしている祖母を見る。
「一度心ゆくまで言ってやりたかったのよ。香澄さんが誰かに悪意を向けられない人である以上、誰かが彼女のために怒らなければならないわ」
節子はまだ喚いているエミリアを、鑑賞用の猛獣でも見ているような目で見つめ、穏やかに微笑む。
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