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第二十三部・幸せへ 編

せいせいした

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「まだいらっしゃらないんですか?」

 香澄を見て「まずい」という顔をしたアロイスは、ブンブンと手を振って「行ってて!」とジェスチャーする。

 香澄は電話の邪魔をしたと思ったのか、申し訳なさそうな顔をしてペコリと頭を下げ、部屋に戻っていく。

《……今の、香澄か?》

 震える佑の声を聞き、アロイスは溜め息をつく。

 彼はしばらくトントンと指で椅子の肘掛けを打っていたが、ぞんざいに溜め息をついた。

《本当にランスで決着つけられたなら、イースターの花見うさぎを探してみれば?》

 そう言ったあと、アロイスはトンとスマホをタップして電話を切った。

「知らね」

 彼は誰にともなく言って舌を出したあと、軽い足取りで部屋に向かった。



**



 時は一か月遡り、二月中旬の札幌。

 無事退職届を出した麻衣は、残る有給を使って会社をあとにした。

 笠島が送別会を開くと言ったが、魂胆は見え見えなので必死に辞退する。

 嬉しかったのは少しだけ仲良くしている地味めの女性社員が、「お疲れ様でした」と小さなブーケをくれた事だ。





「あー、せいせいした!」

 最後の出社日を終えた麻衣は、ブーケを片手に迎えに来たマティアスと共に夜道を歩いていた。

「お疲れ様、マイ」

「ありがとう」

 この日はマティアスがフレンチレストランでお疲れ様会を開いてくれるというので、少しおめかしして出社した。

 向かうのは地下鉄すすきの駅から近い場所にある店で、予約までまだ時間があるので、ゆっくり地下歩行空間を歩いていく事にした。

「ドイツに行く準備もしてるし、そろそろ私の生活がガラッと変わるね」

「そうだな。新たなワンステップだ」

「信司がめっちゃ羨ましがってて『俺も行きたい』だって」

 弟の名前を出すと、あれからもちょくちょく彼と会って親睦を深めているマティアスは小さく笑う。

「シンジにもいつか俺の故郷を紹介したい」

「きっと喜ぶよ。なんなら、家族全員で旅行してもいいかもね。ドイツ旅行するベストシーズンっていつ?」

「初夏から九月くらいかな。紅葉時期は九月から十月で、札幌と気候が似てると思う」

「あ、前に姉妹都市の話したもんね」

 頷きながら、麻衣はまだ見ぬドイツに思いを馳せる。

「私、あそこ行ってみたいな。ノイシュバンシュタイン城? 夢の国のお城のモデルになった所」

「ああ、いつも観光客でギュウギュウになってる所だな。事前にチケットをとっておけば、問題なく入れると思う」

「やっぱり観光名所だから事前予約制なんだ。今は人の住んでいないお城だから、なんとなく空いてるイメージがあった」

「ドイツにもフランスにも、ヨーロッパ各地に古城があるが、莫大な維持費がかかる。綺麗に保存されている所は観光で金を稼ぎ、金持ちが所有している城は彼らが修繕費やらを出さないとならないから、近年では城を手放す人も多いそうだ」

「わぁ、世知辛い」

「話は戻るが、夏は避けたほうがいいかもしれないな。先ほども言ったように札幌と気候が似ているから、東京のように湿度の高い灼熱地獄になる事はない。だがエアコンがあまり普及していないから、日本人はあまり快適に過ごせないかもしれない」

「そうなの? 先進国だから色々揃ってるイメージがあった」

「新しいビルなどにはあるが、ヨーロッパは全体的に古い建物を大切にする。だから壁に穴を空けて工事を……と、する人はあまりいないんだ。あとは温暖化を助長させるといって、好まない層がいるなどもあるな」

「はー……、そっか」

 自分たちにはない価値観を教わり、麻衣は頷く。

 それを聞き、少しだけ不安に思ってしまった。

「マティアスさんは、日本でガンガンクーラーをつけてるのを見て、どう思う? 環境破壊とか思う?」

「いや、日本の暑さは凶悪だし、クーラーをつけないと人が死んでしまうから、そんな事を言っていられないだろう。あくまで俺の考えだが、『皆が言っているから』で他国を否定する必要はない」

 彼の答えを聞き、麻衣はホッと安堵する。
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