1,500 / 1,544
第二十二部・岐路 編
マティアスさんを頼ってもいい?
しおりを挟む
「いいか、マイ。今は人生九十年と言われている。その中で、俺たちの新婚旅行は長くても、たったの三か月だ」
「そう言われると、短く感じるかもだけど……」
頷くと、マティアスは彼女の目をまっすぐ見て言う。
「マイは有給休暇が一か月近く余るぐらい、まじめに仕事に打ち込んできた」
「うん」
それは本当なので、素直に頷く。
「結婚したあとは東京で暮らし、Chief Everyに入社して、何かと忙しくなると思う。その前に、じっくりと人生の休暇を味わってもいいと思うんだ。子供が生まれたらさらに忙しくなるし、二人の時間を設けるのも難しくなるだろう」
「……確かに」
既婚者の友人は、顔を合わせると『独身時代にもっと遊んでおけば良かった』と言っている。
結婚したあとでも家族で旅行には行けるが、子供が小さいうちは、夫と二人で旅行や、ぶらりと気ままに一人旅は、なかなか難しいのだそうだ。
「たっぷり三か月、自由気ままにヨーロッパ諸国を回るのは、いい経験になると思うんだ。帰国すれば嫌でも忙しい日々に戻り、東京で就職すれば休日にカスミと遊んだりするだろう。そうして過ごすうちに子供を授かり、母としても忙しくなり、独身時代のようには旅行を楽しめないと思う」
マティアスの言葉を聞くと、三か月間旅行をするのも悪くないと思えてきた。
「……旅費は大丈夫? いや、泊まるのはこぢんまりとした宿でも全然平気だけど」
「心配ないと分かっているだろう?」
逆にキョトンとした顔で尋ねられ、麻衣は「……そうでした……」と彼の資産を失念していたのを知る。
「さっき言っていたように、今まで沢山の我慢をした自分に褒美をあげるといい。たった一日有給を使って『申し訳ない』と感じる気持ちをリセットするんだ。俺は自分が人間として豊かに過ごすため、休みを得るのを『申し訳ない』と思わない。人として当たり前の事だからだ。周囲の人も、誰かが休んだからといって責めない」
確かに、ドイツではそう思うのだろう。
「俺はバカンス時期に店が閉店しているのを、当たり前だと思っている。日本の店はいつも開いていて便利だが、『働いている人は人間らしく生きられているだろうか』と心配になる」
彼の言葉を聞いているうちに、今まで自分を縛っていた鎖が、ボロボロと崩れていくのを感じる。
確かに今までずっと『人間関係がつらいけど、仕事だから』『休んだら何か言われるから、多少体調が悪くても我慢しないと』と思っていた。
(我慢するの、当たり前になってたな)
今までストレスが溜まったら、一人カラオケに行ったり、ゲームセンターでパンチングマシーンをぶん殴っていた。
連休や長期休みになっても、一日ゆっくり寝たり、香澄と遊んだり外出すると、あっという間に終わってしまった。
「勿論、これはドイツ的な考えだし、日本で俺の考えを通そうとするのは違うと分かっている。ドイツの考え方が正しくて、日本の考え方が悪いという話でもない。日本は平和だし治安がいいし、飯は美味いし人々は親切でとてもいい国だ。……だが他の国はどうなのか、どんな考え方をして生きているのか、実際に訪れてじっくり知ってみるのもいいと思うんだ。人生は働くだけではない」
「……そうだね。機会を逃したら、三か月もゆっくり旅行するなんて、老後になりそう。老後になったら時間はあっても体力がないって言うし」
冗談めかして言うと、マティアスは優しく微笑み、手を差し伸べてくる。
「その気になったか?」
「……うん、いいんじゃないかな」
ニコッと笑って彼の手を握ると、抱き締められた。
「わっ……、と……。だから……」
とっさに周囲を気にしたが、冬の夜だからか、通行人の顔はあまりよく見えない。
耳元でマティアスが言う。
「幸せになろう。今までできなかった事を、二人で経験していくんだ」
言われて、『私がマティアスさんを幸せにする』と言い切ったのを思い出した。
「……そうだね」
頷いた麻衣は、そっとマティアスの胸板を押し、彼の目を見つめた。
「東京に引っ越したら、勿論Chief Everyで一生懸命働くけど、マティアスさんを夫として頼ってもいい? 幸せになるために、あなたとお金を当てにして甘えてもいい?」
「勿論だ」
ようやく麻衣に頼られ、マティアスは嬉しそうに微笑んだ。
「……うん、よし! じゃあお肉食べよう! 美味しいお店行っちゃおう!」
「高い肉をどんどん頼んでくれ」
「冷麺も食べる!」
再び歩き始めた二人は、自然と手を繋いでいた。
「そう言われると、短く感じるかもだけど……」
頷くと、マティアスは彼女の目をまっすぐ見て言う。
「マイは有給休暇が一か月近く余るぐらい、まじめに仕事に打ち込んできた」
「うん」
それは本当なので、素直に頷く。
「結婚したあとは東京で暮らし、Chief Everyに入社して、何かと忙しくなると思う。その前に、じっくりと人生の休暇を味わってもいいと思うんだ。子供が生まれたらさらに忙しくなるし、二人の時間を設けるのも難しくなるだろう」
「……確かに」
既婚者の友人は、顔を合わせると『独身時代にもっと遊んでおけば良かった』と言っている。
結婚したあとでも家族で旅行には行けるが、子供が小さいうちは、夫と二人で旅行や、ぶらりと気ままに一人旅は、なかなか難しいのだそうだ。
「たっぷり三か月、自由気ままにヨーロッパ諸国を回るのは、いい経験になると思うんだ。帰国すれば嫌でも忙しい日々に戻り、東京で就職すれば休日にカスミと遊んだりするだろう。そうして過ごすうちに子供を授かり、母としても忙しくなり、独身時代のようには旅行を楽しめないと思う」
マティアスの言葉を聞くと、三か月間旅行をするのも悪くないと思えてきた。
「……旅費は大丈夫? いや、泊まるのはこぢんまりとした宿でも全然平気だけど」
「心配ないと分かっているだろう?」
逆にキョトンとした顔で尋ねられ、麻衣は「……そうでした……」と彼の資産を失念していたのを知る。
「さっき言っていたように、今まで沢山の我慢をした自分に褒美をあげるといい。たった一日有給を使って『申し訳ない』と感じる気持ちをリセットするんだ。俺は自分が人間として豊かに過ごすため、休みを得るのを『申し訳ない』と思わない。人として当たり前の事だからだ。周囲の人も、誰かが休んだからといって責めない」
確かに、ドイツではそう思うのだろう。
「俺はバカンス時期に店が閉店しているのを、当たり前だと思っている。日本の店はいつも開いていて便利だが、『働いている人は人間らしく生きられているだろうか』と心配になる」
彼の言葉を聞いているうちに、今まで自分を縛っていた鎖が、ボロボロと崩れていくのを感じる。
確かに今までずっと『人間関係がつらいけど、仕事だから』『休んだら何か言われるから、多少体調が悪くても我慢しないと』と思っていた。
(我慢するの、当たり前になってたな)
今までストレスが溜まったら、一人カラオケに行ったり、ゲームセンターでパンチングマシーンをぶん殴っていた。
連休や長期休みになっても、一日ゆっくり寝たり、香澄と遊んだり外出すると、あっという間に終わってしまった。
「勿論、これはドイツ的な考えだし、日本で俺の考えを通そうとするのは違うと分かっている。ドイツの考え方が正しくて、日本の考え方が悪いという話でもない。日本は平和だし治安がいいし、飯は美味いし人々は親切でとてもいい国だ。……だが他の国はどうなのか、どんな考え方をして生きているのか、実際に訪れてじっくり知ってみるのもいいと思うんだ。人生は働くだけではない」
「……そうだね。機会を逃したら、三か月もゆっくり旅行するなんて、老後になりそう。老後になったら時間はあっても体力がないって言うし」
冗談めかして言うと、マティアスは優しく微笑み、手を差し伸べてくる。
「その気になったか?」
「……うん、いいんじゃないかな」
ニコッと笑って彼の手を握ると、抱き締められた。
「わっ……、と……。だから……」
とっさに周囲を気にしたが、冬の夜だからか、通行人の顔はあまりよく見えない。
耳元でマティアスが言う。
「幸せになろう。今までできなかった事を、二人で経験していくんだ」
言われて、『私がマティアスさんを幸せにする』と言い切ったのを思い出した。
「……そうだね」
頷いた麻衣は、そっとマティアスの胸板を押し、彼の目を見つめた。
「東京に引っ越したら、勿論Chief Everyで一生懸命働くけど、マティアスさんを夫として頼ってもいい? 幸せになるために、あなたとお金を当てにして甘えてもいい?」
「勿論だ」
ようやく麻衣に頼られ、マティアスは嬉しそうに微笑んだ。
「……うん、よし! じゃあお肉食べよう! 美味しいお店行っちゃおう!」
「高い肉をどんどん頼んでくれ」
「冷麺も食べる!」
再び歩き始めた二人は、自然と手を繋いでいた。
190
お気に入りに追加
2,509
あなたにおすすめの小説
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
若妻シリーズ
笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。
気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。
乳首責め/クリ責め/潮吹き
※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様
※使用画像/SplitShire様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる