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第二十二部・岐路 編

彼女の部屋

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《オーマたちにも何か言われる覚悟をしておくのね》

 アンネに言われ、佑はあの温厚な祖母がニコニコしながら痛烈な事を言うのを想像し、溜め息をつく。

《ていうか、思いだしてから迎えに行くでいいの? 香澄さんって魅力的だし英語話せるから、海外に行ったらすぐナンパされると思うけど。アロクラが一応守ってくれるとは思うけど、魅力のある女性を口説かない男はいないと思うよ》

 澪の言葉に、アンネが同意する。

《そうね。言葉さえ話せたら相手は興味を持つ訳だし。特にあちらの人は気さくに話しかけてくるし、日本人女性に魅力を感じている層もいるからね》

 それを聞き、どこか落ち着かない気持ちになる。

(だが俺は彼女に『出ていってほしい』と言った身で、会いに行ったとしても……なんて言えばいいんだ?)

 佑の考えを見透かしたように、アンネが言う。

《迷ってるぐらいなら行動しなさいよ。考えの迷路に嵌まっている時、いい答えが出せると思えないわ。意識が凝り固まっているんだもの。佑だって友達が恋人とうまくいかなくなって距離を取ったと聞いたら、『ある程度頭を冷やしたら、直接会ってとことん話し合ってみたらどうか』って言うんじゃない?》

「……確かに、そうかもしれない」

 佑は出雲の他にも学生時代の友人たちから相談を受ける事があり、〝第三者〟として冷静に物事を見て助言していた。

 だが今の自分は当事者で、一人でグルグル考えてまともな結論を出せずにいる。

 そして恐らく、第三者である双子や家族の意見が正しいのだろう。

「……一週間後までに考えを纏めて動く」

 溜め息混じりに言うと、澪も溜め息をついた。

《この期に及んでまだ一週間必要なのには呆れるけど、まぁ範疇なんじゃない? 香澄さんの優しさにいつまでも甘ったれないようにね》

 一方的に言ったあと、澪はフェリシアの通話を切った。

「はぁ……」

 佑は溜め息をつき、カウチソファに身を投げ出す。

「……皆、彼女を大切にしてるんだな」

 まだ他人事のように感じるが、それが事実だ。

 あの松井でさえ、独自に判断して佑の意に背く事をした。

 逆らわれて不快に思った訳ではないが、『松井さんがこんな事をするのか』ととても驚いたのは確かだ。

(記憶を失う前の俺が、とても大切にしていたから皆そう振る舞うんだ)

 美智瑠が来た時、彼女がかつて自分の隣に立っていたのだと思うと、とてつもない違和感を抱いた。

『そうではない。自分の隣にはもっと相応しい……』と思うものの、その続きを考えようとすると、頭の中が白く塗りつぶされてしまう。

 考えようとしても疲れてしまい、毎回、最終的には諦めてしまうのだ。

(それでも、向き合わないと)

 溜め息をついた佑は、立ちあがると香澄の私室に向かった。

 彼女の部屋は空気が淀まないようにドアを開けっぱなしにしてあり、島谷が定期的に掃除をしているので室内は綺麗なままだ。

 今まで彼女がここで寝起きしていたのだと思うと、自分の家なのに無遠慮に入るのが憚られた。

「……お邪魔します」

 佑は小さく断りを入れてから、部屋にあるフェリシアに照明をつけさせる。

 部屋の中は綺麗に整っていた。

 ピンクやフリルなどいかにも女の子な感じではないが、ナチュラルで綺麗な印象のリネンで整えられている。

 大理石をベースに、家具を木目調で統一したのは、自分の趣味だろうか。

 チェストの上にはみずみずしい花が生けられている花瓶があり、観葉植物も世話が行き届き、島谷の気遣いが窺える。

 部屋に入った瞬間、フワッとジョン・アルクールのネクタリンの香りがした。

 チェストの上にはディフューザーがあり、部屋の奥にある洗面所にも同ブランドの物がチラリと見える。

 興味を引かれて洗面所に向かうと、化粧品類や香水が綺麗に陳列されていた。

 ほとんどがジョン・アルクールで、他のブランドもイギリス香水が多い。

「……これも俺の趣味が透けてるな」

 洗面所を出て再度室内を見ると、デスクにはタッチセンサーでつくアンティークなランプが置かれ、ブックエンドには仕事に関係する本がある。

 室内の本棚には推理小説や漫画があり、彼女がエンタメを愛している事が窺えた。

 少し申し訳ないと思いつつクローゼットを開けると、明らかに自分好みの服がハンガーに掛けられていた。
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