上 下
1,474 / 1,536
第二十二部・岐路 編

双子とのチューニング

しおりを挟む
「……それは、分かっています。自分としても『前を向かないと』って思ったから、お二人に連絡をしたのであって……」

「うん、それならいいけどさ」

 アロイスは頷き、これ以上同じ話をしても空気を暗くするだけと思ったのか、話題を変えた。

「これからヨーロッパに向かうけど、食べたいもんある? ひとまずブルーメンブラットヴィルに行くけど、俺たちと一緒に行動するなら、ちょいちょいパリとかロンドンとか、あちこち行くと思う。その時に食べたい物、買いたい物があったらガイドするよ」

「わぁ、ありがとうございます! そこまで観光的に考えていなかったので、まだノープランなのですが、あとでスマホで調べておきますね。もしお勧めがあったら教えてください」

「OK」

 やがてケーキとコーヒーが運ばれ、三人でティータイムをとった。

(不思議だな。いつもなら佑さんがいるのに、私とお二人だけなんて)

 この部屋で高級ケーキを食べていても、「美味しいね」と笑いかける人は隣にいない。

(……今後、お二人と一緒に行動する事になるけど、どういう心構えでいたらいいのかな)
 そう思った香澄は、確認しておく事にした。

「これからお二人の秘書扱いとなりますが、どういう生活を送ると思えばいいでしょうか?」

 尋ねると、双子は顔を見合わせて目をぱちくりとさせた。

 やがて、クラウスが「あー……」と言いながら頭を掻く。

「カスミ、本当に働くつもり?」

「はい。働かざる者食うべからずですから」

 キパッと言うと、双子は苦笑いした。

「カスミらしいなぁ……。……まぁ、じゃあさ。向こうついたらノートパソコンとタブレットを支給するから、それでベルタのサポートをしてくれる? 言葉は日本語で大丈夫」

 クラウスはそう言って、部屋の隅に立っているパンツスーツの女性を示す。

 金髪碧眼ボブヘアのクール美女は、香澄の視線を受けて会釈をした。

「ベルタ、カスミに挨拶したげてよ」

 アロイスに言われ、彼女はこちらに歩み寄ると、流暢な日本語で挨拶してきた。

「はじめまして、フラウ・カスミ。私はベルタ・ギーゼン。年齢は三十歳です」

「はっ、はじめまして! 赤松香澄と申します!」

 今までずっと気になってはいたものの、正式に挨拶をした事がなかったので、香澄はパッと立ちあがるとお辞儀をする。

「フラウ・カスミの事はあなたが想像している以上に知っています。ボスはどこにいようがヘル・ミツルギやあなたの事を話していましたから」

 そう言われ、香澄は双子を見る。

 と、彼らはパッと目を逸らした。

 いつもは佑をからかっている彼らが、遠く離れていても気に懸けてくれていたのを知り、胸の中に温かな思いが宿る。

「お荷物にならないよう、気をつけます。宜しくお願いいたします」

 ベルタに頭を下げると、彼女は会釈を返しつつ言う。

「お気になさらず。意地悪ではありませんが、あなたはいずれヘル・ミツルギのもとへ帰る方だと思っています。仕事をするからには守秘義務も絡みますし、ボスと契約書を交わさなければなりません。現在Chief Everyに籍を置いているのであれば、二重契約になってしまいます。ですから、アシスタントとしてお願いできればと思っています。ボスだって、可愛がっているあなたを本気で自分の部下にするつもりはないでしょうし」

 思っていた以上に事情に精通しているベルタに、香澄は内心舌を巻く。

「はい……」

 呆然としていると、アロイスが補足した。

「まぁ、彼女の言うとおりだね。カスミはまじめだから働きたいだろうけど、悪いけど俺たちはマジな秘書は求めてない。俺たちの側にいて、んまい物食って時間があったら観光して、ちょっと仕事の見学をして……って、ぬるい事をカスミが望んでいないのも分かる。けど、マジで俺たちのところで働くなら、契約周りとかの関係もあるから、その辺は軽めに考えておいてほしいんだ」

「……そうですね。『アロクラ』での仕事に明るくない私が、いきなりポッと湧いて仕事をしたいなんて、社員の方に失礼です」

 同じアパレル業界とはいえ、Chief Everyとアロクラの労働内容が同じとは限らない。

 社風だって違うだろうし、日本企業と海外企業の差もあるだろう。

「『働きたい』とは言いましたが、我が儘をすべて聞いてもらえるとは思っていません。どこにも行く当てのない私を引き取ってくれただけでも御の字ですから、それ以上の事を望むのは二の次にします」

 譲歩すると、クラウスが頷いた。

「OK。カスミはけっこう頑固だけど、そういうふうに柔軟さを見せてくれると助かるよ」

「はい!」

 少しずつ、香澄は双子とのチューニングを合わせていく。

 佑とのやり方とは違う、双子とのやり方へ自分の生き方を変え、歩いていかなければならない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
身長172センチ。 高身長であること以外はいたって平凡なアラサーOLの佐伯花音。 婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。 名前からしてもっと可愛らしい人かと…ってどういうこと? そんな人こっちから願い下げ。 −−−でもだからってこんなハイスペ男子も求めてないっ!! イケメン副社長に振り回される毎日…気が付いたときには既に副社長の手の内にいた。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※完結済み、手直ししながら随時upしていきます ※サムネにAI生成画像を使用しています

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

処理中です...