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第二十二部・岐路 編

今だけ強さをちょうだい

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『カスミは俺たちがしっかり預かっている。思いだしたらすぐに来い。……でもその前に、自分の家族やオーパたちに、しこたま叱られる事を覚悟するんだな』

 言ったあと、アロイスは電話を切った。

 佑は溜め息をつき、スマホを持っている手をゆっくり下ろす。

「…………どうすれっていうんだ……」

 呟いたあと、彼はスマホをテーブルに置いて両手で顔を覆った。





 香澄はクラウスが一方的に話しているのを聞きながら、ソワソワと書斎のほうを気にしていた。

 やがて画面にアロイスが戻ってきて、着席する。

『話はついたよ。来週末迎えに行くから、それまでに荷物を纏めておいて。大体の物はこっちで買えるから、本当に必要な物だけでいいよ』

「……分かりました……」

 香澄は曖昧に笑い、頷く。

(本当に佑さんの側を離れるんだ)

 いまだ実感がなく、まるで夢でも見ているような気持ちだ。

『つらいと思うけど、行動を起こすしかないよ。カスミは今、冷静にものを考えられる状況じゃない。自分では落ち着いてるつもりでも、表面を取り繕ってるだけだ。君に必要なのは、日本から離れたまったく違う環境で、ボーッとして頭の中をリセットする事』

 アロイスに言われ、その通りだと思った。

『カスミを秘書のアシスタントに……って言ったけど、休ませる目的で声を掛けたんだから、しばらくゆっくりしなよ。カスミはちょっと、色々ありすぎて疲れてるんだと思う。日本人は勤勉でまじめだから、何かしてないと〝悪い〟と思ってしまうだろう。でも今は休みなって。カスミはつらい目に遭ってるのに、さらに頑張ろうとしてる。ハッキリ言って自分をいじめすぎだ』

 クラウスの言葉を聞き、香澄は「そうですね……」と苦笑いした。

『これからは俺たちがたっぷり甘やかしてあげるよ。タスクといたら、いい意味でも悪い意味でも、ゆっくりできなかったんじゃない? だから、食っちゃ寝して、温水プールででも泳いで、人生の休暇を楽しみなよ』

「ありがとうございます」

 これが双子なりの優しさ、慰め方なのだと思った香澄は、ありがたく二人の好意を受け入れる事にした。

 そのあとは通話を切り、荷物を纏め始めた。



**



 香澄は双子が迎えに来る前に、身綺麗にするための決断した。

「申し訳ございません。一身上の都合で退職させていただきます」

 朝、香澄は松井が家にいるタイミングで、佑に退職願を差しだした。

 ダイニングで食後のコーヒーを飲んでいた佑は、しばし固まって香澄を見た。

「どうしようもない事情があったとはいえ、働いたり休職したり、松井さんや河野さんにご迷惑をおかけしました。その〝事情〟を『仕方がない』と思ってくださったとしても、三人の社長秘書のうち一人が機能せず、お二人に負担を掛けたと思っています。そういう事をダラダラ続けるぐらいなら、いっその事離職したいと思いました」

 パンツスーツを着た香澄は、佑の前に立ち真剣な顔で言う。

「社長も、いつか私を思いだされるかもしれませんが、今はまだ……です。その間、私が目の前をうろついて負担を掛けてしまうなら、いなくなったほうがいい……と判断しました」

 ――泣かない。

 香澄は自分に言い聞かせ、仕事モードのまま、佑をまっすぐ見つめて続ける。

「社長からは住居を分けた上で、仕事の継続を……と提案されましたが、私としましても『社長の負担になっているかもしれない』と悩みながら働くのはつらいです」

 言ったあと、香澄は目の奥にグッと強い光を宿し、佑と松井に頭を下げる。

「今まで多大なご迷惑をおかけし、本当に申し訳ございませんでした。今後のChief Everyの発展と、皆様のご多幸をお祈り申し上げます」

 言葉のあと、香澄は深く頭を下げた。

 最後まで秘書として毅然と言ったあと、室内に静けさが訪れる。

 やがて松井が口を開いた。

「赤松さんはそれでいいのですか?」

 尋ねられ、香澄はゆっくりと頭を上げて弱々しく微笑む。

「私がいると、皆さんにご迷惑をおかけしてしまうんです。仕事なら他の会社でもできます。ここに居続けて大切な人を困らせるぐらいなら、去ったほうがマシです」

 ――泣くな。

 香澄は自分に言い聞かせ、鉄壁のビジネススマイルを浮かべる。

 ――佑さんはどんなにつらい時だって、社長として振る舞い続けていた。

 ――私は彼の側で、その姿を目に焼き付けてきた。

 ――だから、……お願い、佑さん。今だけ強さをちょうだい。

 香澄は背筋を伸ばし、胸を張って佑に笑いかけた。
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