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第二十二部・岐路 編

私の事が邪魔ですか?

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 部屋に戻ったあと、香澄は勇気を出して佑の書斎を訪れた。

 いつもなら開きっぱなしのドアの前に立ち、緊張してノックをする。

「はい」

 佑の声がし、香澄は深呼吸してからドアを開けた。

「失礼します」

 自宅にいるのに、気分は社長室を訪れる時のようだ。

「赤松さん、何か?」

 パソコンのモニターに向かっていた佑は、チラッと香澄を確認したあと、またモニターを見ながら尋ねる。

「……まだ頭痛がしますか?」

 尋ねると、キーボードを打っていた佑の手が止まる。

「……隠さずに言うと、君の顔を見ると頭痛がする。……すまない」

「……いいえ。事実なら謝る事はありません」

 言ったあと、香澄は努めて笑顔で尋ねる。

「社長はいつから仕事に復帰されますか? 私は特にこれといった怪我を負っていないので、可能ならすぐに仕事に復帰したいと思っています。通勤やスケジュールの関係上、相談したほうがいいと思いまして」

 話題が仕事に関する事で、彼は安堵したようだった。

 〝婚約者の香澄〟として「佑さん、私の事思いだした?」と言えば、きっと困らせていただろう。

 本当はそう尋ねたい。婚約者としての自分を思いだしてほしい。

 けれど〝私〟としての自分を出せば、今の佑を困らせてしまうと理解していた。

 ならば〝公〟〝秘書〟として話しかければ、彼だって応えてくれるのではと思ったのだ。

(佑さんを困らせたくない。……けど、側にいて話したい。関わっていたい。なら、彼の負担にならない存在として……)

 そう思っていたのだが――。

「体調については掛かり付けの先生と相談して判断する。予定が決まったら松井さんに話すから、君はその指示に従ってほしい。君自身の行動、スケジュールについては、君が決めてほしい」

「…………分かり、……ました」

 香澄は小さな声で返事をし、赤面する。

(この期に及んで、佑さんと一緒に出社できると思っていた自分が恥ずかしい)

 甘えたら駄目だと思っていたのに、いつのまにか彼と行動を共にするのが当たり前だと思ってしまっていた。

(私、無意識に『まだ必要とされている』って思いたがってる)

 そんな自分にガッカリした。

 いや、婚約者なのだから期待を持ちたい。佑が記憶を取り戻すと信じたい。

 けれど現実の彼は香澄を思いだす兆候がなく、むしろ彼女を疎んじている雰囲気がある。

 第三者的に見れば、香澄は厚かましくも豪邸に同居し、「私は婚約者なの」と訴えている痛い女だ。

「……まだ、何かあるだろうか」

 佑に尋ねられ、香澄はハッとする。

 あまりのショックで、思考停止してしまっていた。

 ダメージを受けた彼女は、佑に縋るような目を向けてしまう。

「……正直に答えてください。私の事が邪魔ですか?」

 尋ねられた佑は香澄と目を合わせていなかったが、彼が一瞬動揺したのが分かった。

 交際歴は一年少しだが、佑と濃密な時間を過ごし、彼の表情一つで何を考えているのか分かるつもりでいる。

 今だって頭痛で眉間に皺を寄せたいのを我慢し、必死に平気な顔をしている。

 そっけない対応をしていても、佑は誰かに不機嫌な態度をとる人ではない。

 御劔佑という人を知っているからこそ、香澄は今の彼の本心が知りたかった。

「……それを知って君はどうするつもりだ?」

 佑は溜め息をつき、アーロンチェアを回転させて香澄のほうを向く。

 ようやくこちらを見てくれたけれど、彼は好意的ではない表情をしていた。

(私が失言すれば、これから先の運命が大きく変わっていく。それでも……)

 香澄は大きく息を吸い、佑を見つめて言った。

「婚約者としての私を思いだしていただけないなら、秘書としての私を側に置いてほしいです。ですが秘書に対しそのような態度を取られると、業務にも差し支えが出ます。社長は松井さんや河野さんにも、そんな対応をとられますか?」

 香澄に言われ、佑は微かに瞠目した。

「私に良くない感情を持たれているのは分かります。頭痛もするでしょう。ですがChief Everyの社長が、三人いる秘書の中、特定の一人にだけ態度を変えるというのは如何なものでしょうか」

 緊張し、声を震わせながらも、香澄はまっすぐ佑を見つめて訴えた。

 佑は香澄が反抗してくると思わなかったのか、しばし瞠目したまま固まっていた。

 そのうち溜め息をつき、腕を組む。
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