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第二十二部・岐路 編

タイムスリップしたみたい

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「赤松さん、ベッドルームを使ったら? 信頼している人だけとはいえ、女性一人では居心地が悪いだろう?」

 佑に気遣ってもらえて、ほんの少し気持ちが和らいだ。

 彼に話しかけられないだけで、この世界に自分が存在しなくなったように感じたからだ。

「いえ、シートがリクライニングになりますし、よく知っている方達なので大丈夫です」

 ファーストクラスと遜色のないシートなので、寝るのに不便はない。

 それに松井や河野、護衛たちが自分に害を為すなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。

 佑だって秘書や護衛を信頼しているだろうに、「見知らぬ女性が同行しているから、怯えさせてはいけない」と過剰なまでに気を遣われ、それが悲しかった。

(佑さんはこの飛行機のベッドで私と愛し合ったなんて、まったく覚えてないんだろうな)

 悲しく思いながらも、香澄は秘書として社長を気遣う。

「それより、社長こそお怪我をされているのですから、横になってください」

 佑を気遣ったが、彼は軽く微笑んで首を横に振った。

「ここにいるほうが楽なんだ。だから君がベッドに行って」

 優しい言い方をしているが、ベッドルームに行ってほしいという圧が強い。

(意地を張らないほうがいいんだろうな)

 そう思った香澄は、小さく微笑んで立ちあがった。

「そうしたほうがいいのなら、使わせていただきます」

「ゆっくり休んで」

 言われて、香澄は途中まで飲んでいたお茶のグラスを持ち、飛行機の後部に向かって歩き出す。

「おやすみなさい」

 香澄は皆に小さな声で言ったあと、ラウンジ、会議室を通ってベッドルームに向かい、クイーンサイズのベッドにポスンと座ると肩を落とす。

 ベッドルームのクローゼットには、佑が用意してくれた着替えやパジャマがある。

(でも今は着ないでおこう。勝手な事をして嫌がられたら悲しいし)

 そう思い、香澄はコロンとベッドの上に横になった。

「はぁ……」

 無意識に溜め息が漏れ、涙も出てしまいそうで必死に我慢する。

 何を考えようとしても、悲しい事しか思い浮かばない。

「……歯磨いて寝よう」

 呟いたあと、香澄は洗面所にある歯ブラシを使わせてもらい、なるべく何も考えないようにして横になった。



**



 羽田に着いたのは、現地時間の昼前だった。

 飛行機から降りた香澄は、ぼんやりと空を見る。

(フェルナンドさんの罠に掛かってから、約二か月……)

 二月もあと少しで終わろうとしていて、今頃は梅の花があちこちで咲いているだろう。

「タイムスリップしたみたい」

 ポツンと呟いた香澄は、下ろされた荷物の中に自分のスーツケースがあるのを見つけ、そちらへ歩いていった。





 迎えの車に乗って、いつもの道のりで白金台にある御劔邸へ向かう。

 香澄は佑と別の車に乗り、ぼんやりとスマホを弄っていた。

 今まで誰かと連絡をとるどころではなかったので、家族と麻衣に帰国のメッセージを送る。

『今日の午前中に、仕事で向かっていたパリから帰国しました。バタバタしていてお土産を買えなくてごめんなさい』

 すると、母からは『無事に帰ってきただけで十分』とあり、弟からは『次よろ!』と気楽な返事があった。

 変わらない家族の返事を見て、香澄は思わず笑顔になる。

 麻衣からもすぐに返信があった。

『怪我してない? 大丈夫?』

 いつもなら麻衣は『おかえり!』とメッセージを送ってくれる。

 それもなく心配してくるところを見ると、もしかしたらマティアスから事情を聞かされているのかもしれない。

『大丈夫だよ。ありがとう』

 色々話さなければならないが、長文メッセージを打つのは落ち着いてからにしたい。

 電話をしたら泣いてしまいそうだし、麻衣に余計な心配を掛けたくない。

 彼女は結婚指輪を買ったばかりで、マティアスと幸せになる未来に向かって進んでいるところだ。

(親友だから隠し事はなしにしたい。でも、もうちょっとタイミングを見よう)

 それにまだ、一連の事をうまく話せる自信がない。

 フェルナンドについても、彼がなぜ佑を恨んでいたのか、なぜエミリアと共謀していたのかすらも分かっていない。

 原因が分からないのに被害に遭った話を教えられても、麻衣だって混乱するだろう。

(後出しで報告すると、『何でも我慢して黙る悪い癖』って言われるかな)

 自分の事を大切に想ってくれている麻衣だからこそ、香澄の良くないところを叱ってくれる。

「…………会いたいな……」

 香澄は親友を想い、ポツリと呟くと、シートに体を預けて静かに涙を流した。



**
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