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第二十二部・岐路 編

勘弁してくれよ

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(俺のスマホに写真があるのは、れっきとした証拠だ。本当に彼女とは恋人だったんだろう。……恐らく、とても溺愛していた。それでないと、あんな頭の悪そうなフォルダを作るはずがない)

 思いも寄らない自分の一面を知った佑は、半分ドン引きしている。

「……俺、女性には淡泊だったしな……」

 二十代半ばは美智瑠に振られた上、体調を崩して仕事ができない苛立ちもあり、最悪な時期だった。

 女性不信になったあと適当な付き合いをし、結婚のビジョンすら抱けずにいた。

(そんな自分に婚約者ができるなんて、喜ばしい事かもしれないけど……)

 何せ、まったく覚えていない。

 出会いを教えてもらい、札幌に行った覚えはあるし、イベントに参加した記憶もあるが、彼女の事は記憶にない。

 なぜ、と思っても、考えると頭が痛くなる。

(とにかく、今後彼女をどう扱うか決めなければ。彼女は俺を婚約者だと思っているだろうが俺は違う。第二秘書と同棲してるなんて、公私の区別がついていない状態は御免被りたい。そもそも彼女は本当に仕事ができるのか? まさかこの俺が、お飾りの秘書を雇って社長室でイチャイチャとか……)

 今時ドラマでもやらなそうなシチュエーションを思い描き、佑は溜め息をつく。

「……勘弁してくれよ……」

 思わず、二度目の言葉が漏れる。

 今まで女性社員に告白されても徹底的に断ってきたのに、これでは示しがつかない。

(社員は俺をどう見てた? 美人秘書に籠絡された社長? ……最悪だ)

 実際会社でイチャついていたかは分からないが、想像するだけで職場が汚された気持ちになる。

 香澄が悪いと言っているのではなく、彼女を招き入れた自分の脇の甘さを呪っている。

(女性秘書を溺愛していると知られて、取引先から舐められなければいいが)

 考えれば考えるほど、彼女とうまくやっていけるか自信がなくなる。

(そもそも赤松さんは俺の何が好きなんだ? 顔? クラウザー家も含めた社会的地位? 俺が女性に優しくない男だって事は誰だって分かってるだろうに)

 感覚は三十代になったばかりのままの佑は、自分をそう評価している。

 香澄と恋をして、自分がどう変わったかなど今の佑はまったく覚えておらず、彼女が捧げた愛情も覚悟も、何もかも忘れている。

 溜め息をついた佑は混乱が収まるまで、彼女には別の場所で暮らしてもらう事を考え始めた。

 自宅でも会社でも香澄が側にいるなら、ゆっくり考える暇がなくなる。

 あの広い家の中で静けさを楽しみ、スピーカーから流れるクラシック音楽に身を浸していた自由は、もうないと言っていいのだろう。

(赤松さんを邪魔に思っている訳じゃない。……ただ、彼女が目の前にいると酷い頭痛に襲われるし、まともに考えられなくなる。オフィスでも頭が痛くなったなら仕事にならない。……有給という体で……)

 眉間に皺を寄せて考えていた時、ドアをノックする音がし、アロイスが姿を現した。

「ども。調子どう?」

「……見ての通りだよ」

 従兄の登場に、佑は溜め息をついて気持ちを切り替える。

 いつも双子と話す時は英語かドイツ語が多いが、日本語にしてくれているという事は、脳の負担を考えてくれたのかもしれない。

 アロイスは椅子を移動させてベッド脇に座ったあと、何とも言えない顔で見てきた。

「……何だよ」

「カスミ、泣いてたけど何か言った?」

 また香澄の名前が出て、佑は無意識に息を吐いた。

 するとアロイスがムッとした顔をする。

「なんだよその顔は。何か俺に言いたいのか?」

 疲れたように言うと、アロイスは不機嫌そうに言う。

「あの子が自分の命も顧みず、お前を守ろうとしたのを分かってるのか? いや、忘れてるだろうけど、そんな態度はないだろ」

 感情的になる従兄を見て、佑は当惑する。

 双子はいつも飄々としていて、仕事は真面目に取り組むものの、その他のものには適当に接していた。

『まじめになる奴はバカ』という考えで、いつも大勢の美女に囲まれて体の関係を楽しんでいた。

 そんな彼が香澄に肩入れしているのが意外で、思わずこう聞いてしまった。

「彼女の事、好きなのか?」

「Verdammt!(ちくしょう!)」

 佑の質問を聞き、アロイスは低い声で悪態をつく。

 それから大きな溜め息をついて言った。
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