上 下
1,450 / 1,548
第二十二部・岐路 編

やり直していけばいいんだ

しおりを挟む
「……はい」

 他人行儀な口調で言われ、香澄は肩を落として頷き、佑に言われた通りベッド脇に椅子を移動させて座った。

 彼はしばらく、香澄の顔をジッと見ていた。

 目を合わせるのはどこか気まずく、香澄は彼の喉の辺りに視線を落とす。

「私は席を外しますね」

 松井はそう言ったあと、静かに退室した。

「……家族からもあなたの事を聞きました。でも意識が戻ってすぐだったので、あなたについて詳細を知らないままです。出会いから教えてもらえませんか? 今日一日ですべてを話せと言いません。少しずつでいいので、あなたと俺の軌跡を教えてください」

「はい」

 覚えていなくても佑は誠実に対応してくれ、変わっていないところに安心した。

(やり直していけばいいんだ。積み上げたブロックは崩れてしまったけど、諦めない限り終わりはない……はずだから)

 香澄は自分に言い聞かせ、努めて微笑んだ。

「一昨年の十一月、佑さんはコレクションの関係で札幌に来ました。その時、イベント関係の方に誘われて、すすきのにある会員制のバーに行ったんです」

 佑は少し考え、コレクションの記憶はあるのか、小さく頷いた。

「私は大学を卒業したあと、飲食企業の八谷……をご存知ですか?」

 尋ねると、佑は「ああ」と頷く。

「八谷に入社しました。店舗の店長から初めて、最終的には売り上げを伸ばした事を認められて、エリアマネージャーまで昇進しました。二十七歳になる誕生日……十一月二十日に佑さんが来店され、その時に初めて…………、出会いはその時でした」

 佑に初めて会ったのは、正確には健二に約束をすっぽかされた札幌駅前だ。

 だがあの時の彼は自分を〝赤松香澄〟と認識していなかったので、割愛する事にした。

 そして今になって、改めて自分と佑が誕生日に出会ったのだと思いだした。

(私にとって、人生で一番の誕生日プレゼントだったんだな……)

 あの出会いがあって、香澄の人生は大きく変わった。

 次の年の沢山のプレゼントより、佑と出会えた事そのものが、何より嬉しい。

 香澄は目に涙を溜め、微笑んだ。

(何度でもやり直せる。一から百まで私たちの物語を丁寧に話すよ。思い出の土地に旅行に行くのもいいね。大丈夫、待ってるから)

 そして涙が零れないように大きく息を吸ってごまかし、笑った。

「その日、八谷社長が視察にいらしていて、一緒にいたお客様に無茶振りをされてバニーガールの格好をする事になったんです。……アラサーだからかバカにされてしまい、そしたら佑さんがテーブルまで来て怒ってくれたんです」

 あの時つらかった思いも、今は笑って話せる。

 それぐらい、佑に救われた。

「佑さんは私の体型を『バランスがいい』って思ってくれたみたいで、服のインスピレーションが湧くと言ってくれました。それで半分強引にホテルに連れていかれて……。あっ、何もなかったですよ! ……ただ、服を作るのに体を採寸されのは奇妙な出来事でしたけど」

 冗談混じりに言って笑った時、佑が苦しそうな表情をして頭を押さえた。

「……何か思いだしました?」

 その苦しみ方は尋常ではなく、彼は顔に脂汗を浮かべていた。

「かっ、看護師さんを……!」

「いい!」

 立ちあがった香澄を佑が鋭く制す。

 そのあとハッとし、大きな声を出した事を誤魔化すように、ぎこちなく笑った。

「……すみません。……気分が悪いので、今日はここまでにしてください」

「わ、分かりました……。看護師さんを呼びますか?」

 香澄は佑の雰囲気に気圧されて立ちあがるが、心配になって彼を覗き込む。

「きっと一時的なものなので大丈夫です。まずいと思ったら自分でナースコールを押しますから、気にしないで」

「……はい」

 それ以上病室にいても佑の負担になると思い、香澄はペコリと頭を下げ「失礼します」と退室した。





 香澄が退室したあと、佑はギュッと目を閉じて、頭が割れるような痛みを堪える。

 ――どうしてこうなった。

 そもそも、フランスに来てからの記憶が曖昧だ。

 パリコレのために準備は進めていた覚えはあり、朔とも何回も綿密な打ち合わせをした。

 これが初めてのショーでもないので、手順は分かっている。

 ……なのに、二月のパリファッションウィークのためにいつ日本を出国したのか、その辺りから記憶が曖昧だ。
しおりを挟む
感想 555

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ナイトプールで熱い夜

狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…? この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

処理中です...