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第二十二部・岐路 編

天国から地獄へ ★

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「佑!」

 朔の声が聞こえた瞬間、佑はとっさに男が突き出したナイフをかわした。

「ぐっ……」

 その瞬間、無理な体勢をとったせいで足首をひねり、よろけてしまう。

「佑さん!」

 頭の中が真っ白になった香澄は、無我夢中でランウェイに飛び出た。

 音楽が流れているなか、遠くで警備員がフランス語で何か怒鳴っているのが聞こえる。

 男はなおも佑に向かってナイフを繰り出し、ビュッビュッと空を切る音が聞こえた。





「お前……っ」

 佑は襲いかかってきた男の顔を見て、驚愕のあまり目を見開いた。

 男は――、フェルナンド。

 ロサンゼルスで徹底的に潰したはずの男が、招待状を必要とするCEPのショーに潜り込んでいた。

 ――一体どうして……!

 そう思った時、彼の体に誰かが抱きついた。

 感触からして女だ。

「ちっ……」

 振り向いた時、佑はまた瞠目し、全身に鳥肌を立たせた。

「……エミリア」

 自分の背後には、真紅のドレスに身を包んだエミリアが、赤いルージュを塗った唇の端をつり上げ、鬼気迫った笑みを浮かべていた。

 遠くから聞こえた怒号は、ガブリエルのものだろうか――。

「佑さん!」

 ――この声は、香澄だ。

「来るな!」

 前門のフェルナンド、後門のエミリア。

 これ以上ない最悪な組み合わせだ。

 ――一体どうして?

 ――なぜこの二人が?

 そう思ったのは、ほんのコンマ数秒だ。

 エミリアは嬉々とした表情でバッグからミニスプレーを出し、香澄の顔に向かって吹きかけた。

「っきゃあ!」

 中に入っていたのは、香水以外の何かだったのだろうか。

 刺激臭が鼻をかすめ、香澄が両手で顔を覆う。

「っち……っ!」

 佑が香澄に向かって手を伸ばした時――、脇腹にフェルナンドのナイフが突き刺さった。

「――――かす…………っ、――――み……っ」

 佑は焼けるように熱くなった腹部を無視し、冷や汗を掻いて香澄を抱き締めようとする。

「うわあああぁああぁっ!!」

 香澄は目からボロボロと涙を零し、エミリアに体当たりをして彼女を押し倒す。

 周囲では観客が悲鳴を上げて逃げ、その混乱で警備員が渦中の四人に近づけずにいる。

「たす……っ、く、――さ……っ」

「Fuck you bitch!」

 エミリアが香澄を殴り、思いきり髪を引っ張る。

「ぐぅっ」

 さらにハイヒールで腹部を思いきり蹴られ、香澄はくぐもった悲鳴を漏らす。

 そんな彼女を佑が抱き留め――、フェルナンドに思いきり殴られた。

 ガンッ、と凄まじい音がし、佑は香澄を抱きかかえたまま客席に頭を打ち付ける。

 警備員が駆けつけたのは、騒ぎが起こって十三秒後の事だった。

 たったそれだけの間で、佑は腹部を刺され、頭を強く打った。

 香澄は目に刺激物を掛けられ、腹部を蹴られて激しく咳き込んでいた。





「佑さん!!」

 自分を抱き締めているのが佑だと分かった香澄は、必死に彼の名前を呼んだ。

 彼がどうなっているか見たいのに、目元が焼けるように熱くて目を開けられない。

 ――痛い! 熱い!

 ――どうしてこんな事になったの!?

 ――華々しい舞台でショーが行われていたんじゃなかったの!?

 後方からは地獄のような騒ぎが聞こえ、男性たちが怒鳴り合っている声がする。

「佑さん……、佑さん……っ」

 香澄はボロボロと涙を零し、手探りで佑の体に触れ、彼を確認しようとした。

 その手が頬に触れようとした時――。

「触らないで」
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