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第二十一部・フェルナンド 編

入籍日

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 目を閉じて少し上を向き、心の中にいるもう一人の自分と会話する。

『子供の頃はお嫁さんに憧れてたっけ』

『そうそう。相手が誰かは分からないけど、お花の冠を被って白いドレスを着るのに憧れてた。プリンセスアニメの結婚式を見て、余計に憧れたのかな』

『プリンセスは大きなダイヤの指輪をつけていて、〝ああいう綺麗なのつけてみたい〟って思ったっけ』

『でも、成長すると同時に大きいダイヤなんて身の丈に合わないって、分かっていったよね』

『本当は憧れていた。けど、まさか現実になるとは思わなかった』

『リアル王子様が、本物のダイヤの指輪を買ってくれたよ?』

『凄いね。もうこれだけで一生分の夢が叶ったみたい』

『ダイヤの指輪なんて望んでいないって思っても、本当は心の奥底で、ちょびっとだけ憧れていたもんね』

『だから、あとは特にいいよね』

『うん。結婚指輪なら、特にキラキラしていなくてもいいもの。それに、友達に会いづらくなっちゃう。会社にだって着けていけないよ』

『そう、それ。その辺りの価値観大事。こういう時は素直に佑さんに甘えるべきだし、彼の妻らしい物を身につける必要がある。けど、ギンギラギンになる必要はない。シンプルな物だってこのブランドなら十分高級だもの。誰が聞いても認めてくれる』

『うん、なら……』

 香澄は目を開け、ふぅ……と息をついて肩を下げる。

「私、シンプルなのがいいな。でも佑さんがシークレットダイヤにするなら、同じのにしたい。二人だけの秘密みたいでいいかなって」

「ん、分かった」

 佑は嬉しそうに微笑み、カタログを見ていく。

 そのあと二人は相談して、シークレットダイヤが入っているデザインを結婚指輪にする事に決めた。

 女性スタッフに刻印について尋ねられ、香澄は首を傾げる。

「刻印、どうしようか? シンプルにイニシャルとかでいいのかな?」

 そもそも、今年の六月に式を……という目標でこの一年歩んできたが、正直まだ準備ができているとは言いがたい。

 事件に次ぐ事件で、じっくりと式場やドレスを決める余裕もなかった。

 佑も同じ事を考えていたようで、微笑むと提案してくる。

「入籍、香澄の誕生日にしないか? 十一月二十日」

「ん? それは、覚えやすいけど……。何も誕生日に合わせなくても」

 目を瞬かせると、佑は苦笑いする。


「今の状況を、香澄が一番分かっているはずだ。バタバタ急いで結婚式の準備をするより、香澄がもう少しリラックスして穏やかな気持ちになれたあと、本腰を入れられるようにしたいと思う。……どう?」

 意見を聞かれ、その通りだと思った。

 今、佑が側にいるからと平気なふりをしてパリデートをしていても、ほんの少し前まで自分は絶体絶命だった。

 彼が離れて一人になったら、不安に駆られてまた薬を手放せない状況になるかもしれない。

 そんな精神状態で、結婚式の準備をして式を挙げ、新婚旅行……といっても、心が耐えられるか分からない。

 自分の心を覗き込めば、札幌に帰りたい、傷を癒したいと望んでいるのが分かるし、不安定な状況で忙殺されれば、また佑に迷惑を掛けてしまうかもしれない。

「今、二月の終わりで、十一月末……。……うん、のんびり取り組んでいけそうだね」

「まだ招待状も出していない段階だから、誰にも迷惑を掛けない。俺たちのペースでやっていこう?」

「うん」

 彼の穏やかな笑みを見て、心の底から安心感を得た。

(佑さんは私の事になると、残念な人になるし余裕がなくなる時もあるけど、こういう時は大人だもんなぁ。……私、大切にされてる。ありがたいなぁ)

 色んな事が起こるなか、香澄は「ちゃんと結婚して皆を安心させないと、成功させないと」というプレッシャーを抱いていた。

 口には出していないし、態度にも出していなかったはずだ。

 けれど佑はすべて分かってくれている。

 香澄の性格、第三者的に見たクラウザー家の偉大さ、さらに有名人である自分と結婚するとはどういう事か、総合して無理なく歩んでいけるよう配慮してくれている。

(ゆっくり、前に進もう)

 大事件が起こる一方で、香澄は佑と結婚し、社長夫人となる道を歩み続けている。

 並大抵な道ではないけれど、隣に立ちしっかり手を握ってくれるこの人がいるなら――。

「じゃあ、私の誕生日に入籍にしよう」

「ん、決定だ」

 決めたあと、二人は微笑み合った。
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