上 下
1,421 / 1,548
第二十一部・フェルナンド 編

パリデート再び

しおりを挟む
(私は今、佑さんと一緒にいる。ここが白金台なら〝いつも〟のデートをしているだけ。問題は『どこにいるか』じゃなくて『誰といるか』だよ)

 自分に言い聞かせると、若干の焦りを感じていた心が少しずつ落ち着いていく。

(大好きな人と笑い合えているし、美味しい物を食べられたし、私はもうどこにもさらわれない)

「大丈夫……」

 香澄は自分に向かって小さく囁き、林檎の香りが芳醇なシードルを一口飲んだ。

 ニコニコした男性店員は手に火が付いたクレープの皿を持ち、もう片方の手に持ったグランマルニエのリキュールを惜しみなく振りかけた。

 すると火がボッと燃え立ち、フワッとオレンジの香りが鼻腔に入る。

 周囲の客も沸き立ち、動画を撮っている者もいた。

「すごーい!」

 歓声を上げた香澄は、ぬかりなくフランベされるクレープを動画に撮る。

 しっかり動画を撮って「Merci, c'etait merveilleux(ありがとう、とても素晴らしかったです)」とお礼を言ったあと、ワクワクしながらナイフとフォークを手にした。

 クレープを一口大に切って頬張った瞬間、鼻腔にフワッとオレンジリキュールの香りが届いた。

 加えてフランベで溶けたバターの香りと砂糖の甘さ、そしてアルコールの微かな苦みと、ほんの少しの焦げ目が口一杯に広がる。

 佑は目を丸くした香澄を見てニコニコし、彼女を観察している。

 香澄はじっくりと香りを堪能したあとにモグモグと咀嚼し、ゴクン……と嚥下して、絞り出すように言った。

「……うまい……」

 自分の世界に入っていた香澄がハッと我に返ると、佑は香澄が食べている様子を動画に撮っていた。

「……っ! も、もぉ! 動画撮るならさっきのを撮ればいいのに!」

「さっきはフランベに喜んでいた香澄を撮ってたよ」

「もぉお……」

 文句を言ったあとにクシャッと笑った香澄は、しみじみと言う。

「私、クレープが好きなんだよねぇ……。パンケーキよりクレープのほうが好き」

「そういえば、麺もきしめんやビャンビャン麺みたいに、幅広が好きだよな。薄いのが好き?」

「……かもしれない。口の中でピラピラしてるのが好きかも」

 答えたあと、少し何かを考えている佑を見てとっさに言う。

「ダメ、やらしいのダメ、絶対」

「ちっ……」

 佑が悔しそうに舌打ちしたあと、二人は笑い崩れる。

 シードルと共にクレープを食べたあとは、大きなカフェオレボウルに入ったカフェオレを楽しんだ。

 満足してカフェを出た二人は、車に乗って一区に向かい、中央にニョキッと青銅色のオベリスクが建っている、ヴァンドーム広場の前で降りた。

(いよいよ指輪を買うのか……)

 ドキドキしながら広場の周囲を見ていると、佑が香澄の手を握って笑いかけてくる。

「予約まで少し時間があるから、可愛いヘアアクセサリーでも見る?」

「見たい!」

 そのあと連れていかれたのは、広場から徒歩すぐにある『アルフォンス・ドゥ・パリ』だ。

 店の隣はカフェになっており、歩道には赤い日よけのついたテラス席が並んでいる。

 さらにその隣には、日本でも有名な高級ショコラトリー『ピエール・マルベール』の店舗があり、つい立ち止まってそちらを見てしまった。

「帰りにチョコレート、買っていこうか」

「うん!」

 スーパーでお菓子を前に立ち止まった子供のようで恥ずかしいが、チョコレートは大好きなので、素直に頷いておく。

『アルフォンス・ドゥ・パリ』は、パッと見ると狭そな店構えだが、バルセロナと同じように、うなぎの寝床状態で奥に広くなっていた。

「可愛い~……」

 店内に置かれてあるのはバレッタやカチューシャ、ヘアクリップなどで、どれを見ても乙女心にヒットし、惹かれてしまう。

 特に気になったのは、鼈甲のような柄のアクセサリーや、ブランド特有のデザインらしい、バイカラーのアイテムだ。

「可愛い、可愛い」

 触れたら怒られるかもしれないので、香澄は顔を近づけて商品をよく見る。

「どれが好き?」

「この辺かな」

 香澄は気に入った商品を指さしてみせる。

 その時、ショップ店員が笑顔で声を掛けてきて、佑がフランス語で応じる。

「香澄の髪の長さなら、ヘアクリップならLサイズがいい、だってさ」

「ふんふん」

 スタッフが香澄に声を掛け、微笑む。

「なんて?」

「髪を触ってもいいか、だって」

「Oui!」

 元気に返事をすると、スタッフは香澄の髪をサラサラと触って、何やら声を上げて喜んでいる。
しおりを挟む
感想 555

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ナイトプールで熱い夜

狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…? この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

処理中です...