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第二十一部・フェルナンド 編
正直な体
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(帰りたい……)
香澄は心の中で呟き、ポロッと涙を零す。
そう思うものの、どこへ帰りたいのか自分でも分からない。
最初に思いついたのは「札幌に……」だったが、それだと戻りすぎな気がする。
もう少し時間が進んだ――。
「たすくさん……」
香澄は側にいてほしい人の名前を呟き、スンッと鼻を啜る。
「ん…………」
小さな声を聞いた佑は掠れた声で返事をし、寝返りを打って香澄を抱くと、また穏やかな寝息をたてる。
(あぁ……)
佑のぬくもりを感じ、香澄は心の中で安堵の溜め息をつく。
――ここにいてくれる。
寝ぼけた彼女は、まだ自分の身に起こった事すべて思いだしていない。
だがとても疲れていて、「もう嫌だ」と投げ出したくなるほど、くたびれている事は自覚していた。
佑と出会ってから出張も含め様々な場所に行き、自分の拠点がどこなのか分からなくなるほど、あちこちの都市で長期滞在した。
時間感覚や言語すらあやふやになる中、香澄にとってのブレない芯は佑だった。
『佑さんさえ側にいてくれれば大丈夫』
彼がいるだけで安心できる。
だから今だって、不安を感じているのは確かだけれど、佑が側にいるなら心配ないのだと思えた。
スリ……と彼の胸板に頬をすり寄せると、寝ているはずなのに、無意識なのか佑の手に力がこもった。
『ここにいるよ』
まるでそう言っているような反応に、香澄は儚く微笑む。
「……すき……」
香澄はか細く頼りない声で言ったあと、また眠気を覚えてトロトロと目を瞬かせる。
眠気に抵抗するのをやめて目を閉じ、スッと息を吸うと佑の匂いがした。
深く官能的で、ウッディとスパイシーさの奥に、ムスクとほんの微かにバニラが香る、大人の男の香り。
それに、苦みのあるフレッシュな柑橘が見え隠れしていた。
いつもの重ねづけの香りに安堵した香澄は、また深い眠りの淵に落ちていった。
**
カタン、と小さな音が聞こえて、香澄は意識を浮上させる。
目を開けると、カーテンが閉まっているので薄暗いが、昼間なのだと分かった。
手で隣を探ると佑がいない。
「……佑さん?」
不安になって一気に覚醒した香澄は、羽布団で自分の体を隠し、周囲を見る。
寝室は広々としていて、キングサイズのベッドは白いリネンが使われ、足元にはチョコレートブラウンのフットスローが掛かっていた。
向かいの壁には液晶テレビがかかっていて、窓際には丸みのあるモダンなデザインの椅子が二脚、小さなテーブルを挟んで向かい合っている。
ベッドの横には吊り下げタイプの、シンプルなデザインのライトがあった。
寝室のドアがある横には、大きめの抽象画があり、香澄はしばし何が描かれているのか分からないそれを、ボーッと見る。
現実にすべての感覚が引き戻されたからか、急に手洗いに行きたくなった。
どんな事があっても、生きている限りこの体は食と睡眠を欲し、排泄する。
(……お腹空いた……)
とても疲れて精神的に参っているはずなのに、お腹が今にもグゥゥ……と鳴ってしまいそうだ。
(正直な体だな)
半ば呆れながら、香澄は大きなベッドの上でズリズリとお尻を引きずって移動し、ようやく床に足をつける。
そのあとフカフカのスリッパに足を入れ、手洗いを求めて歩き始めた。
「おはよう。ごめん、起こしたか?」
手洗いを見つけて用を足し、佑を求めて歩いていると、彼はキッチンでペットボトルの水を飲んでいた。
スツールに腰かけていた彼は、水を置いて香澄を抱き締めてくる。
「気分は?」
「多分悪くない。……ここ、どこだっけ?」
「パリだよ。お腹空いてるなら、何でも好きな物をオーダーする」
(パリ……、か)
地名を言われたのを皮切りに、ジワァ……と色んな事を思いだしていく。
香澄は心の中で呟き、ポロッと涙を零す。
そう思うものの、どこへ帰りたいのか自分でも分からない。
最初に思いついたのは「札幌に……」だったが、それだと戻りすぎな気がする。
もう少し時間が進んだ――。
「たすくさん……」
香澄は側にいてほしい人の名前を呟き、スンッと鼻を啜る。
「ん…………」
小さな声を聞いた佑は掠れた声で返事をし、寝返りを打って香澄を抱くと、また穏やかな寝息をたてる。
(あぁ……)
佑のぬくもりを感じ、香澄は心の中で安堵の溜め息をつく。
――ここにいてくれる。
寝ぼけた彼女は、まだ自分の身に起こった事すべて思いだしていない。
だがとても疲れていて、「もう嫌だ」と投げ出したくなるほど、くたびれている事は自覚していた。
佑と出会ってから出張も含め様々な場所に行き、自分の拠点がどこなのか分からなくなるほど、あちこちの都市で長期滞在した。
時間感覚や言語すらあやふやになる中、香澄にとってのブレない芯は佑だった。
『佑さんさえ側にいてくれれば大丈夫』
彼がいるだけで安心できる。
だから今だって、不安を感じているのは確かだけれど、佑が側にいるなら心配ないのだと思えた。
スリ……と彼の胸板に頬をすり寄せると、寝ているはずなのに、無意識なのか佑の手に力がこもった。
『ここにいるよ』
まるでそう言っているような反応に、香澄は儚く微笑む。
「……すき……」
香澄はか細く頼りない声で言ったあと、また眠気を覚えてトロトロと目を瞬かせる。
眠気に抵抗するのをやめて目を閉じ、スッと息を吸うと佑の匂いがした。
深く官能的で、ウッディとスパイシーさの奥に、ムスクとほんの微かにバニラが香る、大人の男の香り。
それに、苦みのあるフレッシュな柑橘が見え隠れしていた。
いつもの重ねづけの香りに安堵した香澄は、また深い眠りの淵に落ちていった。
**
カタン、と小さな音が聞こえて、香澄は意識を浮上させる。
目を開けると、カーテンが閉まっているので薄暗いが、昼間なのだと分かった。
手で隣を探ると佑がいない。
「……佑さん?」
不安になって一気に覚醒した香澄は、羽布団で自分の体を隠し、周囲を見る。
寝室は広々としていて、キングサイズのベッドは白いリネンが使われ、足元にはチョコレートブラウンのフットスローが掛かっていた。
向かいの壁には液晶テレビがかかっていて、窓際には丸みのあるモダンなデザインの椅子が二脚、小さなテーブルを挟んで向かい合っている。
ベッドの横には吊り下げタイプの、シンプルなデザインのライトがあった。
寝室のドアがある横には、大きめの抽象画があり、香澄はしばし何が描かれているのか分からないそれを、ボーッと見る。
現実にすべての感覚が引き戻されたからか、急に手洗いに行きたくなった。
どんな事があっても、生きている限りこの体は食と睡眠を欲し、排泄する。
(……お腹空いた……)
とても疲れて精神的に参っているはずなのに、お腹が今にもグゥゥ……と鳴ってしまいそうだ。
(正直な体だな)
半ば呆れながら、香澄は大きなベッドの上でズリズリとお尻を引きずって移動し、ようやく床に足をつける。
そのあとフカフカのスリッパに足を入れ、手洗いを求めて歩き始めた。
「おはよう。ごめん、起こしたか?」
手洗いを見つけて用を足し、佑を求めて歩いていると、彼はキッチンでペットボトルの水を飲んでいた。
スツールに腰かけていた彼は、水を置いて香澄を抱き締めてくる。
「気分は?」
「多分悪くない。……ここ、どこだっけ?」
「パリだよ。お腹空いてるなら、何でも好きな物をオーダーする」
(パリ……、か)
地名を言われたのを皮切りに、ジワァ……と色んな事を思いだしていく。
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