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第二十一部・フェルナンド 編

死ぬなんて言わないで

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「大丈夫」

 耳元で愛しい人の声がし、そのぬくもりも感じる。

 佑にポンポンと肩を叩かれた香澄は、少しずつ気持ちを落ち着かせていった。

「パリ滞在中にもっと回復して、観光したくなったら俺が付き合う。もし仕事に同行したかったら隣にいて」

「分かった」

 佑の『決して香澄を側から離さない』という意思を確認し、彼女は安堵の溜め息をつく。

「何か用事がある時はちゃんと言う。絶対に離れない」

「ん」

 香澄の返事を聞いた佑は、目を細めて彼女を優しく抱き締めた。

「もう絶対に香澄を離さない。何かあったら死んでも俺が守る」

「……死ぬなんて言わないで」

 香澄は首を横に振り、彼の言葉を否定する。

「ごめん、縁起悪かったな」

 佑は愛しげに微笑み、愛しい婚約者の唇に優しくキスをした。



**



 空港に着いたあとホテルまでの道中、香澄は車の中でぼんやりしていた。

 佑にもたれかかり、彼の存在とぬくもりを確かめ、ときおり彼の香りを嗅ぐと、ネクタリンと、ウード&ベルガモッドの匂いがする。

(私たちの香り)

 その匂いに安心した時にスマホの通知が鳴って、香澄は一瞬、フェルナンドに脅されていた時の事を思いだし、ビクッとする。

(大丈夫。もう大丈夫)

 自分に言い聞かせ、香澄はウォレットポシェットからスマホを出した。

 飛行機の中で家族や麻衣、双子やその他関係者に【新しいスマホにした】と伝え、最初に連絡があったのは麻衣だった。

【新しい連絡先、教えてくれてありがとう。今、マティアスさんと結婚式の予定を立ててる。札幌で式を挙げてもいいって言ってくれたから、招待する友達のピックアップや、式場を探してるところなんだ。体型もそうだけど、色んなデザインがあるからドレス選びに難儀しそう。今度時間があったら、オンラインでもいいから相談にのって】

 親友が幸せに向かって進んでいるのを知り、香澄は笑顔になる。

【指輪は前に言ってた、桜模様のやつにするって決めた】

 そのメッセージのあとに、プラチナのリングに桜模様が彫られ、模様の中にカラーグラデーションが施された指輪の写真が送られてきた。

「佑さん、麻衣とマティアスさん、結婚指輪を決めたんだって。んふふ、遅れちゃった」

「ごめん……」

 一緒に喜んでほしかっただけなのに、佑は自分がまだ何も贈れていない事にシュンとしてしまう。

「やだ。そういう意味じゃないのに」

 佑が『婚約指輪はとっておきのものにしたい』と言ってじっくり考えているうちに、色んな出来事が起こってしまい、まだ婚約指輪も決定していない。

 彼はそれをとても気にしているのだ。

「よし、決めた。パリで婚約指輪を決める。この上ない立派なのを買う」

「もう……」

(すぐそっちにいっちゃうんだから)

 香澄は呆れて溜め息をつく。

(でも〝いつもの〟やりとりができて嬉しいな)

 彼女はクスッと笑ったあとにまたスマホに目を落とし、麻衣からのメッセージを見る。

【マティアスさんの配偶者ビザのため、まず先に結婚すると決めたんだ。これから本腰入れて急ピッチで進めていくつもり。基本的に二人で話し合っていくけど、香澄の意見を聞きたい時はよろしく】

 親友の幸せそうなメッセージを見て、香澄は満面の笑みを浮かべる。

(幸せそうだなぁ。嬉しい)

 トントンと返事を打っているタイミングで、双子からメッセージが入った。

【香澄、無事?】

【佑からロスを離れたって連絡が入ったけど、怪我してない?】

 香澄は双子の顔を思い浮かべ、先ほどとは少し違う微笑みを浮かべる。

 そして麻衣に返信してから、すぐ彼らに返事を打った。

【大丈夫です。ありがとうございます。今パリに着いたばかりです。お二人もファッションウィークがあるんですよね? 私は大丈夫なので、どうぞお仕事を優先してください】

 双子もパリコレに参加するはずで、もしかしたらどこかで会えるかもしれないが、現場に行くのは初めてなので何とも言えない。

 まだ気持ちの整理がついていないが、もう自分はフェルナンドの難をクリアして〝次〟に進んでいるのだと痛感した。

【無事なら良かった。僕らもやる事があるから、今すぐとは言えないけど、そのうち合流して食事しよう】

【佑の側を離れるんじゃないよ!】

【はい! ご心配おかけしました!】

 香澄の返事に既読をつけたあと、双子は本当に忙しいのか、もうメッセージを送ってこなかった。

「お二人とも、仕事で忙しいのにロサンゼルスまで来てくれていたの?」

「ああ。色々協力してもらった」

「……ちゃんとお礼を言わないと」

「落ち着いてからでいいよ。本番が終わるまでは地獄の忙しさだから」

 佑にポンポンと頭を撫でられ、香澄は頷く。

 その後、パリ市内に入ってから以前宿泊したホテルの前で車が停車した。
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