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第二十一部・フェルナンド 編
誰があの子に恨みを持つの?
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「……あの、さ」
「ん?」
「配偶者ビザって言ってたけど、申請するのに色々必要なんでしょ?」
「ああ。写真や、配偶者となったマイの戸籍謄本や、ドイツから発行された結婚証明書などがいる」
「……じゃあ、その前にまず結婚……だよね」
「そうなるな」
また沈黙が落ち、ファンが回る音とマティアスが胡麻をする音が響く。
いい頃合いになったあと、麻衣はシンクに用意してあるザルにほうれん草をあけた。
冷水でほうれん草を冷やし、ギュッと絞ってまな板の上で切っていく。
「じゃあ、本格的に家探しして結婚式の予定も立てよう。うちの親にも挨拶しちゃったし、可能ならマティアスさんの親にもご挨拶して、香澄たちも呼んで式を挙げたい」
「ああ」
すんなりと会話が終わり、麻衣は「うーん……」と思いながら黒ごまに調味料を加えて、ほうれん草を和えていく。
「……こないだ御劔さんから電話があった時、家の周りを確認してたじゃない? で、それから急に配偶者ビザの話でしょ? ……何かあった?」
その事がずっと気に掛かっていた。
いつものように夜にマティアスと過ごしていた時、佑から電話があった。
その時、マティアスはまるで外で誰かが見張っているように、カーテンから外を覗き、玄関から外に出て何かを確認していた。
そして『問題ない。引き続き警戒する』と言っていた。
あの時は『何かあったの?』と質問しても、何でもストレートに言う彼にしては珍しく、ゴニョゴニョとごまかされてしまった。
考えながらもごま和えができたので、次に下味をつけていた鶏肉に片栗粉をまぶして、油で揚げていく。
シュワッと小さな音を立てる鶏肉を、しばし見守る。
マティアスは手を洗ってからキッチン台にもたれかかり、しばらく黙っていた。
段々慣れてきたもので、こういう時は〝考え中〟だと分かっている。
(答えが出るまで待とう)
マティアスは言いたくない事がある時でも沈黙でごまかさず、熟考したのちに「言えない」と言うなり、何らかのアクションをする人だ。
彼の会話パターンが分かってきているので、麻衣はスマホを弄りながら時間を潰していた。
「……カスミがまずい相手に狙われている」
「は!?」
鶏肉をひっくり返してシュワアアッと大きな音が立った時、マティアスがそんな事を言った。
麻衣は声を上げてから「肉ひっくり返したあとで良かった!」と内心胸を撫で下ろす。
「何それ? またエミリアって女?」
「いや、あいつはもう手出しできない場所にいる」
「じゃあ、誰? 誰があの子に恨みを持つの?」
香澄は十分すぎるほど酷い目に遭った。
原西からレイプされた時点で、起こりうる最も不幸な出来事があったと言っていいのに、そのあとも信じがたい事ばかり起こっている。
幾ら側にいるのが御劔佑とはいえ、もとは札幌に住む一般人だった彼女に、あれだけの災いが降りかかるのは酷すぎる。
「私はあの子をよく分かってる。確かに優柔不断で、ハッキリ断れないところは欠点かもしれない。人を気遣いすぎて自分ばっかりすり減ってる。でもそんな香澄が誰かに恨まれるなんて、信じたくない。香澄はどんなに疲れていても電車で席を譲るし、困ってる人のために自分の時間がなくなっても道案内する子だよ? 何であの子ばっかり……!」
麻衣は表情をクシャリと歪め、マティアスを見つめる。
彼はいつもと変わらない顔のまま、淡々と言った。
「カイが恨みを買ったとばっちりだ」
「~~~~っ、あぁっ、もう……っ!」
そう言われると、何も言えなくなる。
世界的な企業の社長でハイブランドの代表、テレビにも顔出ししていて、ファンは世界中に大勢いる。
そんな人物なら恨みを買ってもおかしくないが、非力な香澄を狙うのは汚すぎる。
「どうして……っ!」
本当は佑に『どうして守ってあげられないの!』と責めたい。
だが彼はすでに、これ以上ないほど香澄を守っているだろう。
護衛だってつけているし、ありとあらゆるセキュリティに金を掛けていると聞いた。
そして自分が側にいるというのに香澄を危険な目に遭わせてしまった事に、佑自身が一番己を責めているのも分かっている。
だからこそ、行き場のない怒りが荒れ狂う。
「ん?」
「配偶者ビザって言ってたけど、申請するのに色々必要なんでしょ?」
「ああ。写真や、配偶者となったマイの戸籍謄本や、ドイツから発行された結婚証明書などがいる」
「……じゃあ、その前にまず結婚……だよね」
「そうなるな」
また沈黙が落ち、ファンが回る音とマティアスが胡麻をする音が響く。
いい頃合いになったあと、麻衣はシンクに用意してあるザルにほうれん草をあけた。
冷水でほうれん草を冷やし、ギュッと絞ってまな板の上で切っていく。
「じゃあ、本格的に家探しして結婚式の予定も立てよう。うちの親にも挨拶しちゃったし、可能ならマティアスさんの親にもご挨拶して、香澄たちも呼んで式を挙げたい」
「ああ」
すんなりと会話が終わり、麻衣は「うーん……」と思いながら黒ごまに調味料を加えて、ほうれん草を和えていく。
「……こないだ御劔さんから電話があった時、家の周りを確認してたじゃない? で、それから急に配偶者ビザの話でしょ? ……何かあった?」
その事がずっと気に掛かっていた。
いつものように夜にマティアスと過ごしていた時、佑から電話があった。
その時、マティアスはまるで外で誰かが見張っているように、カーテンから外を覗き、玄関から外に出て何かを確認していた。
そして『問題ない。引き続き警戒する』と言っていた。
あの時は『何かあったの?』と質問しても、何でもストレートに言う彼にしては珍しく、ゴニョゴニョとごまかされてしまった。
考えながらもごま和えができたので、次に下味をつけていた鶏肉に片栗粉をまぶして、油で揚げていく。
シュワッと小さな音を立てる鶏肉を、しばし見守る。
マティアスは手を洗ってからキッチン台にもたれかかり、しばらく黙っていた。
段々慣れてきたもので、こういう時は〝考え中〟だと分かっている。
(答えが出るまで待とう)
マティアスは言いたくない事がある時でも沈黙でごまかさず、熟考したのちに「言えない」と言うなり、何らかのアクションをする人だ。
彼の会話パターンが分かってきているので、麻衣はスマホを弄りながら時間を潰していた。
「……カスミがまずい相手に狙われている」
「は!?」
鶏肉をひっくり返してシュワアアッと大きな音が立った時、マティアスがそんな事を言った。
麻衣は声を上げてから「肉ひっくり返したあとで良かった!」と内心胸を撫で下ろす。
「何それ? またエミリアって女?」
「いや、あいつはもう手出しできない場所にいる」
「じゃあ、誰? 誰があの子に恨みを持つの?」
香澄は十分すぎるほど酷い目に遭った。
原西からレイプされた時点で、起こりうる最も不幸な出来事があったと言っていいのに、そのあとも信じがたい事ばかり起こっている。
幾ら側にいるのが御劔佑とはいえ、もとは札幌に住む一般人だった彼女に、あれだけの災いが降りかかるのは酷すぎる。
「私はあの子をよく分かってる。確かに優柔不断で、ハッキリ断れないところは欠点かもしれない。人を気遣いすぎて自分ばっかりすり減ってる。でもそんな香澄が誰かに恨まれるなんて、信じたくない。香澄はどんなに疲れていても電車で席を譲るし、困ってる人のために自分の時間がなくなっても道案内する子だよ? 何であの子ばっかり……!」
麻衣は表情をクシャリと歪め、マティアスを見つめる。
彼はいつもと変わらない顔のまま、淡々と言った。
「カイが恨みを買ったとばっちりだ」
「~~~~っ、あぁっ、もう……っ!」
そう言われると、何も言えなくなる。
世界的な企業の社長でハイブランドの代表、テレビにも顔出ししていて、ファンは世界中に大勢いる。
そんな人物なら恨みを買ってもおかしくないが、非力な香澄を狙うのは汚すぎる。
「どうして……っ!」
本当は佑に『どうして守ってあげられないの!』と責めたい。
だが彼はすでに、これ以上ないほど香澄を守っているだろう。
護衛だってつけているし、ありとあらゆるセキュリティに金を掛けていると聞いた。
そして自分が側にいるというのに香澄を危険な目に遭わせてしまった事に、佑自身が一番己を責めているのも分かっている。
だからこそ、行き場のない怒りが荒れ狂う。
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