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第二十一部・フェルナンド 編

私、寝たほうがいいんだ

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「……熱ないか? ……その、中がいつもより熱い気がして」

「ん……、分かんない」

 怒濤の出来事に心も体も押し流されるだけで、何もついていっていない。

 目の前に佑がいるので『あれはただの悪夢だったのかも』と思うし、『私はまだフェルナンドさんに捕まっていて、幸せな夢を見ているのかも』という気もする。

 ボーッとした香澄は、佑の頬にぺたりと手を当てて彼を見つめる。

(綺麗だなぁ……)

 やつれていても、彼は相も変わらず美しい。

 ヘーゼルの目はいつまでも見ていたくなる魅力があるし、黄金比と言っていい顔立ちも国宝級だ。

「香澄?」

 ぼんやりとした彼女の様子を見て、佑が名前を呼び目を見つめてくる。

「ん?」

「大丈夫?」

「ん」

 ふにゃりと笑うと、彼は苦笑いした。

「駄目だな、こりゃ。熱がある」

「そうなの? ……っん」

 佑がゆっくり腰を引いたので、香澄は屹立が体内から出る感覚に声を漏らした。

「佑さん……」

「静かに。今夜はゆっくり休もう」

 頭を撫でられた香澄は、彼の腕をそっと掴んで上目遣いに見る。

「でも、佑さんは満足してないでしょ?」

「香澄は? 落ち着いた?」

 尋ねられ、自分が『とにかく佑さんと繋がりたい』と思い、焦燥感すら覚えていたのを思いだした。

 あのザワザワした感覚が、すべて消えてはいないものの和らいではいる。

「……少し」

 小さく頷くと、佑は微笑んだ。

「良かった。……ちょっと行ってくる。すぐ戻ってくるから安心して」

 言ったあと、ベッドから下りて下着を穿きガウンを羽織った佑は、寝室の棚からシュティッフのうさぎのぬいぐるみを手に取り、香澄に持たせた。

「かわいい……」

 佑は、香澄を『うさぎ』と言うようになってから、あらゆるブランドのうさぎのぬいぐるみを買い集めては彼女に与えていた。

 普段、香澄はぬいぐるみを買わない派なのだが、佑に『うさぎ』と呼ばれるようになってから、うさぎグッズだけは特別視するようになった。

 佑はポーッとした香澄の頭をポンポンと撫で、寝室を出ていった。

(……いつも寸止めさせちゃって申し訳ないな)

 香澄は飛行機のエンジン音を聞きながら目を閉じる。

 ロサンゼルスにいた時は『死んでやる』と思っていたのに、今はこんなに気持ちが落ち着いている。

 それでも、仰向けになっているとエイデン・アーチボルドが覆い被さってくる気がして、不安を誤魔化すように横臥した。

(あれは佑さんなのに)

 心の中で呟いたのに、嗅ぎ慣れない香水の匂いを思いだして小さく身を震わせる。

 それから自分を落ち着かせるために、布団を被って佑の香りを思いきり嗅ぎ、目を閉じて「ここは白金台の家」と言い聞かせる。

「……もう、何が何だか分からない」

 香澄は小さく呟き、何かから身を守るようにギュッと体を丸めた。

「疲れた……」

 そしてうさぎのぬいぐるみをギュッと抱き、涙を零す。

 感情がグチャグチャになっていて、どう整理をつけたらいいか分からない――。

 ……と思った時、以前佑に教えられた、感情に名前をつけていく方法を思いだした。

「……つらい。悲しい。怖い。逃げたい。しんどい。寝たい」

 そこまで言って、「ゆっくり寝たほうがいいんだろうな」と思った。

 佑もよく『夜は脳が疲れているから、重要な決め事はしない』と言っていた。

 確かに、今の自分は身も心も疲弊しきっていて、これ以上何かできる状態ではない。

「私、寝たほうがいいんだ」

 呟いた時、佑が戻ってきた。

「ただいま。……ん? 寝た?」

 佑は羽布団がもふっと丸まっているのを見て、最後は小さな声で言う。

「起きてる」

 香澄は羽布団から手だけ出して、ヒラヒラと振った。

「熱はかって。あと、スポーツドリンクも飲もうか」

「ん」

 香澄はむくりと起き上がり、佑がキャップを開けてくれたスポーツドリンクをコクコクと飲む。
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