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第二十一部・フェルナンド 編

今の自分には無理

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「……結局、警察は香澄を被害者として保護できていない。本当はあいつに法の裁きを受けさせたいが、香澄にこれ以上負担を掛けたくなかった。まず第一にあいつから引き離して、俺の正体を明かして安心させたかったんだ」

「うん、それでいいと思う。罰を与えるとか、もうどうでもいい。……佑さんの側にいさせて」

 香澄は佑に抱きつき、彼の肩に顔を埋める。

 佑はそんな彼女の肩を抱き、溜め息をついた。

「俺は香澄の意志を尊重したい。……でも、うまくいかないな。個人的な報復はしたけど、法の裁きも受けさせたい。……なのに、香澄にはもう関わらせたくない」

「いいんだよ、それで。私……。……逃げ、かもしれないけど、もう見たくない。フェルナンドさんの事も思い出したくないし、関わりたくない。これからずっと、あの人が私たちに関わらないならそれでいい」

 香澄の心にはもう、フェルナンドを裁きたいと思うエネルギーは残っていなかった。

 何かの被害に遭って相手を訴えると決意したとしても、警察に被害届けを出し、弁護士に依頼して事件と向き合い、当時の傷を思いだす必要がある。

 最終的に法の裁きがくだるのは、金も時間も掛けたあとだ。

 勿論、泣き寝入りをするのは嫌だし、フェルナンドへの怒りはある。

 けれど香澄は「今の自分が一連の出来事に向き合うのは無理だ」と判断していた。

 事件と対峙し、あの狂った男を相手にするうちに、下手をすれば心のキャパシティが限界を迎え、イギリスから帰国した時のように普通の生活を送れなくなってしまう。

 だから今、かろうじて〝自分〟を保てているうちに、佑に対して「一切関わらず、平穏な生活に戻りたい」と伝えたかった。

 佑も香澄がそう言うだろう事は想像していたのか、無言で溜め息をついた。

「ごめんね。佑さんがとても悔しく思って、報復したいと思ってるのは分かってる。でも、私は……休みたい。……疲れた……」

 謝ると、彼は切なく笑った。

「うん。香澄がそう言うならいいんだ。……そう言うって、分かってた」

 佑は香澄を抱き締め、様々な感情のこもった声で呟く。

 しばらく二人はしっかりと抱き合い、お互いのぬくもりを分かち合っていた。

「パリまでのフライトは約十一時間だ。時間はたっぷりあるから、寝てもいいし、映画を見てもいいし、お腹が空いたなら何か食べてもいいし、香澄の好きなように過ごしていいよ」

「うん。……佑さんとくっついてたいから、……一緒にいてほしい」

「おやすいご用だよ」

 佑にトントンと背中を叩かれ、香澄は安心して肩の力を抜く。

「そうだ。さっき言ってた新しいスマホを渡さないと」

 佑はベッド横に置いていた新品のeコミュニケーションを手に取り、香澄に渡す。

「ありがとう」

 ピンクゴールドのスマホを手にすると、ケースがないからか持った時の感触がいつもと違う。

 電源を入れると、さっそく機内Wi-Fiに繋げてみた。

 スマホを立ち上げてみると、佑が『バックアップした』と言っていた通り、普段使っているアプリがそのまま入っていた。

 用意周到な彼の事だから、各アプリの引き継ぎも済ませているみたいだ。

 香澄はまずコネクターナウを開き、母にメッセージを打ち始める。

『お元気ですか? こっちは相変わらずな感じです。まだまだ寒い日が続くから、体調には気を付けてね。なお、現在海外出張中なので、白金台のおうちにはいません。悪しからず』

 母には普段通り過ごしているとアピールし、ポンと送信する。

 それから麻衣にもメッセージを打つ。

『元気? 変わりはないかな? 私はこれから佑さんと一緒に、仕事でパリコレの現場に向かうよ。タイミングが合ったらパリのお土産買うね。マティアスさんにも宜しく』

 メッセージを打ったあと、他の面々を思いだした。

「アロイスさんとクラウスさんは、今どこに?」

「……そういえば、途中まで協力してもらっていたが、救出が成功したと報告するのを忘れていた」

 佑は自分のスマホを出し、アドラーも含めたグループトークルームを開いてメッセージを打つ。

『プランCは成功した。現在ロスから離れてパリに向かっている。協力ありがとう。アフターケアを頼む』

 そのあと佑のスマホから、ピコンピコンピコンと立て続けに通知音が鳴った。恐らく双子だろう。
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