上 下
1,387 / 1,544
第二十一部・フェルナンド 編

できる事があるなら、何でもしてあげたい ☆

しおりを挟む
 しかしマティアスの事件があった時、彼が『殴ってくれ』と言ったのを聞いて『殴られて自分が楽になりたいだけだろう』と思ったのは強く覚えている。

 今の自分は、あの時のマティアスと同じだ。

 分かりやすい痛みという罰を受け、早く楽になりたがっている。

 香澄が受けた心の痛みは、そんなものとは比べものにならないのに。

(ごめんな……)

 彼女は今、佑には想像できない不安と恐怖と戦っている。

 必死に落ち着きを取り戻そうとし、愛する人のぬくもりに縋って必死に安堵を得ようとしている。

 できる事があるなら、何でもしてあげたい。

 香澄は〝失敗〟をし、周囲の者に迷惑を掛けて怒られないか不安がっているのも分かる。

 そんなものどうでもいいし、とにかく全身全霊で「大丈夫だ」と伝えたい。

 佑自身、寿命が縮まりそうなほど心配して、激しく彼女を抱き潰したいほどの激情に駆られている。

 だが、その熱情をぶつければ、きっと今の香澄は潰れてしまう。

 だから佑は彼女が求める事を一つずつ丁寧に叶え、「もう安心していいよ」とゆっくり伝えようとしていた。





「……はむなんへ、やらよ(噛むなんて、やだよ)」

 香澄は一生懸命歯を浮かせ、佑の指を噛まないよう努力する。

「いいから。遠慮しないで」

 そう言った佑は、香澄の感じる場所を指で擦った。

「ん……っ」

 香澄はピクッと体を震わせ、上ずった声をだす。

 本能的にお腹の奥を疼かせるが、これを「気持ちいい」と思っていいのか分からず、心も体も混乱している。

(これは佑さんの指。さっきも佑さんだった。だから、いいの)

 香澄は必死に自分に言い聞かせ、佑の指を咥えたまま、フスフスと鼻で呼吸する。

 今はもう安全な場所にいるのに、心のキャパシティが一杯になって目が潤んだ。

「……つらい?」

 佑に優しく問いかけられ、香澄は彼の指を咥えたまま首を横に振る。

「んん!」

 その顔があまりに必死そうだったからか、佑は彼女を安心させるように微笑んできた。

「この辺にしておこう。取りあえず掻きだせたと思う」

 口から佑の指が抜かれたかと思うと、唇にキスが与えられる。

「だ……っ、大丈夫だよ? できるよ?」

 香澄は必死に訴えたが、佑にギュッと抱き締められ、大きな手で背中をトントンと叩かれる。

 そして佑は、彼女を落ち着かせるような声音で囁いた。

「今すぐ焦ってセックスしなくてもいいんだ。シャワーを浴びて体を温めて、リラックスできたら、ベッドでゆっくりイチャイチャしよう」

 香澄は佑に嵐のように押し流され、抱かれたいと望んでいた。

 だがそれは、今まで不安だった気持ちをセックスの熱でごまかし、何も考えなくしたいという願いに他ならない。

 佑の意図を理解したあと、香澄は少し呼吸を乱したまま、ドッドッドッドッ……と自分の鼓動が鳴っているのを聞く。

(『どうでもいいから抱いてほしい』なんて、佑さんも嫌なのかも。さっきあんな状態だったし、佑さんだって私を傷つけていないか気にしてる)

 どうにもならない焦燥感に駆られていたのを自覚した香澄は、佑にしがみつき深呼吸をした。

「今、どうしたい?」

 佑に優しく尋ねられ、香澄は混乱した頭で必死に考える。

 けれど、考えは纏まらなかった。

 まるで頭の中で黒い毛糸がグチャグチャに絡んでいるようだ。

 あちこちできつく結ばれたそれは、ちょっとやそっとではほどけない。

 だから、思った事を言った。

「……分かんない。……ただ、佑さんの側にいたい。よしよしされて、甘やかされたい」

 香澄は本能ともいえる望みを口にし、素直に甘えた。

「うん、そうしよう」

 子供のような事を言っても、佑は笑わず受け入れてくれ、香澄はホッと安心する。

 そのあと、まるで白金台の家にいるように、佑が丁寧に体と髪を洗ってくれた。

 彼も自分の体を洗い、あの香水の香りをしっかり消し去った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

若妻シリーズ

笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。 気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。 乳首責め/クリ責め/潮吹き ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/SplitShire様

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

処理中です...