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第二十一部・フェルナンド 編

できる事があるなら、何でもしてあげたい ☆

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 しかしマティアスの事件があった時、彼が『殴ってくれ』と言ったのを聞いて『殴られて自分が楽になりたいだけだろう』と思ったのは強く覚えている。

 今の自分は、あの時のマティアスと同じだ。

 分かりやすい痛みという罰を受け、早く楽になりたがっている。

 香澄が受けた心の痛みは、そんなものとは比べものにならないのに。

(ごめんな……)

 彼女は今、佑には想像できない不安と恐怖と戦っている。

 必死に落ち着きを取り戻そうとし、愛する人のぬくもりに縋って必死に安堵を得ようとしている。

 できる事があるなら、何でもしてあげたい。

 香澄は〝失敗〟をし、周囲の者に迷惑を掛けて怒られないか不安がっているのも分かる。

 そんなものどうでもいいし、とにかく全身全霊で「大丈夫だ」と伝えたい。

 佑自身、寿命が縮まりそうなほど心配して、激しく彼女を抱き潰したいほどの激情に駆られている。

 だが、その熱情をぶつければ、きっと今の香澄は潰れてしまう。

 だから佑は彼女が求める事を一つずつ丁寧に叶え、「もう安心していいよ」とゆっくり伝えようとしていた。





「……はむなんへ、やらよ(噛むなんて、やだよ)」

 香澄は一生懸命歯を浮かせ、佑の指を噛まないよう努力する。

「いいから。遠慮しないで」

 そう言った佑は、香澄の感じる場所を指で擦った。

「ん……っ」

 香澄はピクッと体を震わせ、上ずった声をだす。

 本能的にお腹の奥を疼かせるが、これを「気持ちいい」と思っていいのか分からず、心も体も混乱している。

(これは佑さんの指。さっきも佑さんだった。だから、いいの)

 香澄は必死に自分に言い聞かせ、佑の指を咥えたまま、フスフスと鼻で呼吸する。

 今はもう安全な場所にいるのに、心のキャパシティが一杯になって目が潤んだ。

「……つらい?」

 佑に優しく問いかけられ、香澄は彼の指を咥えたまま首を横に振る。

「んん!」

 その顔があまりに必死そうだったからか、佑は彼女を安心させるように微笑んできた。

「この辺にしておこう。取りあえず掻きだせたと思う」

 口から佑の指が抜かれたかと思うと、唇にキスが与えられる。

「だ……っ、大丈夫だよ? できるよ?」

 香澄は必死に訴えたが、佑にギュッと抱き締められ、大きな手で背中をトントンと叩かれる。

 そして佑は、彼女を落ち着かせるような声音で囁いた。

「今すぐ焦ってセックスしなくてもいいんだ。シャワーを浴びて体を温めて、リラックスできたら、ベッドでゆっくりイチャイチャしよう」

 香澄は佑に嵐のように押し流され、抱かれたいと望んでいた。

 だがそれは、今まで不安だった気持ちをセックスの熱でごまかし、何も考えなくしたいという願いに他ならない。

 佑の意図を理解したあと、香澄は少し呼吸を乱したまま、ドッドッドッドッ……と自分の鼓動が鳴っているのを聞く。

(『どうでもいいから抱いてほしい』なんて、佑さんも嫌なのかも。さっきあんな状態だったし、佑さんだって私を傷つけていないか気にしてる)

 どうにもならない焦燥感に駆られていたのを自覚した香澄は、佑にしがみつき深呼吸をした。

「今、どうしたい?」

 佑に優しく尋ねられ、香澄は混乱した頭で必死に考える。

 けれど、考えは纏まらなかった。

 まるで頭の中で黒い毛糸がグチャグチャに絡んでいるようだ。

 あちこちできつく結ばれたそれは、ちょっとやそっとではほどけない。

 だから、思った事を言った。

「……分かんない。……ただ、佑さんの側にいたい。よしよしされて、甘やかされたい」

 香澄は本能ともいえる望みを口にし、素直に甘えた。

「うん、そうしよう」

 子供のような事を言っても、佑は笑わず受け入れてくれ、香澄はホッと安心する。

 そのあと、まるで白金台の家にいるように、佑が丁寧に体と髪を洗ってくれた。

 彼も自分の体を洗い、あの香水の香りをしっかり消し去った。
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