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第二十一部・フェルナンド 編

〝購入希望者〟たち

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「うぅ……っ、…………うーっ…………」

 香澄はジンジンと痛む頬に手を当て、絶望と恐怖に堪えきれず嗚咽し始める。

 脚は酷く震えて立てなくなり、ゆっくりその場にしゃがみ込み、膝をついて両手で顔を覆って泣き始めた。

『泣きたかったのはこっちだ』

 女性を叩いて泣かせても、フェルナンドはまったく悪びれた様子を見せない。

 それどころか床に座り込んでいる彼女の頭を、革靴を履いた足で軽く蹴ったほどだ。

『二度はない。愚かな選択をするな』

 フェルナンドは欠片も同情していない声で告げたあと、スマホをポケットから取り出して香澄を撮影しだす。

 そして例のサイトに接続し、一分ほどのライブ配信をした。

 香澄は知らない。

 コメント欄には次々と《そそる姿だね》《髪が綺麗だ。汚したくなる》など書き込む、〝購入希望者〟がいる事を――。

《孕ませて出産シーンをタスク・ミツルギに見せてやりたい》

《ハメ撮りでも見せてやったら?》

《指の一本でも切って送りつければいいんだよ》

 他にも彼女が知らないほうがいい、卑猥、残酷な言葉が数多く書き込まれた。

『ロスに着くまでの数日、大人しくしている事だな』

 香澄は俯いたまま、絨毯の模様を見つめる。

 そうして落ち込んだ姿を見せながら、頭では必死にここから逃れる方法を考えていた。

『……っ、あの、…………船医からピルをもらってください。あれがないと体調を崩してしまうんです』

 香澄はしゃくり上げながら、必死に訴える。

『どうせいつかは孕まされるんだぞ』

 香澄の前に立ったまま、フェルナンドは非情に告げる。

『違います……っ。じょ、女性の体の事をもっと考えてください……っ。海外はピル先進国なんでしょう?』

 そう言うと、彼は顎に手をやって少し考えたあと、『いいだろう』と頷いた。

 香澄が薬名を告げると、フェルナンドはボディガードに向かって『適当な女に協力してもらって、手に入れて来い』と命令した。

 香澄は座り込んだまま背中を丸め、両手でギュッとペンダントを握る。

 ペンダントはソフィアから『万が一のため、何かあったら困るから』と渡された物だ。

 アクセサリーに見えるピルケースで、中には緊急用のアフターピルが入っていた。

 幸い、左手の薬指に嵌まっている佑とのペアリングは取り上げられておらず、アクセサリーなら見逃してもらえるのではと思っての策だった。

(佑さん……っ)

 香澄は足枷を嵌められたまま、静かに嗚咽する。

 もう、テオたちへの助けは望めない。

 目的地まであと数日なのに、フェルナンドがこの部屋から香澄を出すとは思えなかった。

(自分の身は自分で守らなきゃ)

『カスミ。これを見てごらん』

 フェルナンドに声を掛けられ、香澄はノロノロと顔を上げる。

 見せられたのは、テーブルの上に置かれてあるノートパソコンだ。

 画面には先日撮られた自分の写真が映っていて、その下で数字、――金額が次々に上がっている。

「え……?」

 通貨はドルで、今、数字は百五十万を超そうとしていた。

 とっさに計算ができずにいたが、単純にゼロを二つ足したとして……。

「一億……五千……以上?」

 とんでもない金額を目にして、香澄は頬の痛さも絶望も忘れて青ざめる。

『俺の見込みでは、最後まで残ったコレクターが競い合って、三億はいくと思っている。勿論、君に取り分なんてないけどね』

「そんな……お金……っ」

 自分に大金がかけられ、香澄は真っ青になった。

『頼むから英語で話してくれないかな? 何を言っているか分からないんだ』

 香澄はフェルナンドの言葉を無視し、唇を噛んで必死に考える。

(ロスに着くまでこの客室から脱出するのは不可能。下船の時も、これだけ囲まれていたら……。いや、でも大勢が一気に移動するなら……?)

 必死に逃げるタイミングを考えるが、動揺し、ショックを受けているから考えが纏まらない。

『君が何を考えているか想像がつく。だが、先に言っておこう。すべて無駄だ』

 フェルナンドは皮肉げに唇を歪ませる。

『ロサンゼルス港には迎えの車が来る。その頃には君の買い手は決まっている。港から約四十分でロサンゼルス。すでに予約しているホテルに入って、君は撮影されながら、買った客に犯される』

 今後の予定をサラリと言われ、香澄は唇を引き結ぶ。
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