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第二十一部・フェルナンド 編
つり上がる値段
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「En el pecado lleva la penitencia.(何か悪い事をしたから罰が当たるんだよ)」
フェルナンドはスペインの諺を呟き、暗く笑う。
香澄がどんなにお人好しで純情そうな女性だとしても、必ずどこかで悪い事をしているに決まっている。
――あの女は悪女だ。
だからどんな〝罰〟が当たったとしても、それは然るべき事なのだ。
『ここに君がいたら、どんどん上がっていく金額を見て喜んだだろうに』
逃げた香澄に話し掛け、フェルナンドはゆったりと脚を組む。
そしてスッと真顔になり、地を這うように低い声で呟いた。
『早く戻って来い。お前は生贄なんだから。メインディッシュがなければディナーは始まらない』
画面の中の金額は、その後も順調に上がっていった――。
**
香澄は室内から出られないものの、快適に過ごしていた。
翌朝の食事はソフィアがルームサービスを頼んでくれ、テオたちと五人で食べた。
これからの食事も、主にルームサービスを利用しようと彼らに提案された。
最初は費用がかさむのでは……と遠慮したが、テオに言われた。
『食事代は旅行代金にすべて含まれているから、気にしないでくれ。カスミさんはクルーズ旅行をした事がなかっただろうか?』
尋ねられ、Tシャツにジーンズ姿の香澄は「はい」と頷く。
そんな彼女に、ジョシュアが説明してくれた。
『クルーズ旅行で新たにお金が掛かるのは、ショップで買い物をした時や、ハイクラスのレストランのテーブル代、サロンぐらいかな。あとはスタッフにチップを支払うぐらい。一般的なレストランの食事も、劇場や映画館とかの施設の利用料も、全部旅行代に込みなんだ』
『そうなんだ』
納得した彼女にソフィアが微笑みかける。
『だから気にしないで一緒に食べましょう? 私たちは時々レストランに向かうけど、あなたは部屋でオーダーして構わないわ。あと、ハンバーガーやピザもあるから、食べたかったら持ち帰るわ。他にもアイスクリームとかは融通が利くはずだから、望みがあったら何でも言って』
『すみません。ご好意に甘えさせて頂きます』
香澄はペコペコ頭を下げ、アルダーソン一家に感謝する。
そのあと、せっかくのクルーズ旅行なのに、部屋に籠もりっきりというのはあんまりなので、アルダーソン一家には気兼ねなく船内を楽しんでもらう事にした。
大人びていても、ジョシュアだって沢山の刺激を受けて遊びたい年頃だ。
シャーロットだってちょこちょこ動き回るから、部屋にいてもつまらないだろう。
香澄は彼らを送りだしたあと、部屋でのんびりと映画を見ていた。
ソフィアが『暇でしょうから、私のサブ機を使っていいわよ』とタブレット端末を渡してくれたのだが、他人の物を使うのは申し訳ないのでそのままにしてある。
本来ならコネクターナウのアカウントで佑に連絡を取れたら……と思ってしまうが、そこまで甘えられない。
「ロスについたら迎えに来てくれるって言っていたし」
香澄はソファの上で膝を抱えて座り、ポツンと呟く。
「会いたいよ……。佑さん」
好きな人の名前を呟いた彼女は、涙が零れないように目を閉じた。
**
一週間ほど船内に籠もりっぱなしで気が緩んでいた時、〝それ〟は起こった。
アルダーソン一家がランチに向かったあと、香澄はジョシュアのスマホがテーブルにあるのを見つけた。
「あ、忘れてったんだ」
追いかけて渡したいが、部屋から出ないようにと言われている。
「……まぁ、そのうち気付くか」
と思った時、部屋のチャイムが鳴った。
「あれ? ジョシュ?」
この一週間ですっかり打ち解けた少年を思い、香澄は手にスマホを持ってパタパタと出入り口に向かった。
そして耳を澄ます。
万が一の事を考え、アルダーソン一家が香澄にドアを開けてほしい時は、決まったリズムのノックをする事になっていた。
ドアの前で耳を澄ませていると、『カスミ……?』と弱々しいジョシュアの声がする。
「~~~~っ!!」
ざわっと全身に鳥肌を立たせた香澄は、嫌な予感を得てドアに手を当てる。
フェルナンドはスペインの諺を呟き、暗く笑う。
香澄がどんなにお人好しで純情そうな女性だとしても、必ずどこかで悪い事をしているに決まっている。
――あの女は悪女だ。
だからどんな〝罰〟が当たったとしても、それは然るべき事なのだ。
『ここに君がいたら、どんどん上がっていく金額を見て喜んだだろうに』
逃げた香澄に話し掛け、フェルナンドはゆったりと脚を組む。
そしてスッと真顔になり、地を這うように低い声で呟いた。
『早く戻って来い。お前は生贄なんだから。メインディッシュがなければディナーは始まらない』
画面の中の金額は、その後も順調に上がっていった――。
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香澄は室内から出られないものの、快適に過ごしていた。
翌朝の食事はソフィアがルームサービスを頼んでくれ、テオたちと五人で食べた。
これからの食事も、主にルームサービスを利用しようと彼らに提案された。
最初は費用がかさむのでは……と遠慮したが、テオに言われた。
『食事代は旅行代金にすべて含まれているから、気にしないでくれ。カスミさんはクルーズ旅行をした事がなかっただろうか?』
尋ねられ、Tシャツにジーンズ姿の香澄は「はい」と頷く。
そんな彼女に、ジョシュアが説明してくれた。
『クルーズ旅行で新たにお金が掛かるのは、ショップで買い物をした時や、ハイクラスのレストランのテーブル代、サロンぐらいかな。あとはスタッフにチップを支払うぐらい。一般的なレストランの食事も、劇場や映画館とかの施設の利用料も、全部旅行代に込みなんだ』
『そうなんだ』
納得した彼女にソフィアが微笑みかける。
『だから気にしないで一緒に食べましょう? 私たちは時々レストランに向かうけど、あなたは部屋でオーダーして構わないわ。あと、ハンバーガーやピザもあるから、食べたかったら持ち帰るわ。他にもアイスクリームとかは融通が利くはずだから、望みがあったら何でも言って』
『すみません。ご好意に甘えさせて頂きます』
香澄はペコペコ頭を下げ、アルダーソン一家に感謝する。
そのあと、せっかくのクルーズ旅行なのに、部屋に籠もりっきりというのはあんまりなので、アルダーソン一家には気兼ねなく船内を楽しんでもらう事にした。
大人びていても、ジョシュアだって沢山の刺激を受けて遊びたい年頃だ。
シャーロットだってちょこちょこ動き回るから、部屋にいてもつまらないだろう。
香澄は彼らを送りだしたあと、部屋でのんびりと映画を見ていた。
ソフィアが『暇でしょうから、私のサブ機を使っていいわよ』とタブレット端末を渡してくれたのだが、他人の物を使うのは申し訳ないのでそのままにしてある。
本来ならコネクターナウのアカウントで佑に連絡を取れたら……と思ってしまうが、そこまで甘えられない。
「ロスについたら迎えに来てくれるって言っていたし」
香澄はソファの上で膝を抱えて座り、ポツンと呟く。
「会いたいよ……。佑さん」
好きな人の名前を呟いた彼女は、涙が零れないように目を閉じた。
**
一週間ほど船内に籠もりっぱなしで気が緩んでいた時、〝それ〟は起こった。
アルダーソン一家がランチに向かったあと、香澄はジョシュアのスマホがテーブルにあるのを見つけた。
「あ、忘れてったんだ」
追いかけて渡したいが、部屋から出ないようにと言われている。
「……まぁ、そのうち気付くか」
と思った時、部屋のチャイムが鳴った。
「あれ? ジョシュ?」
この一週間ですっかり打ち解けた少年を思い、香澄は手にスマホを持ってパタパタと出入り口に向かった。
そして耳を澄ます。
万が一の事を考え、アルダーソン一家が香澄にドアを開けてほしい時は、決まったリズムのノックをする事になっていた。
ドアの前で耳を澄ませていると、『カスミ……?』と弱々しいジョシュアの声がする。
「~~~~っ!!」
ざわっと全身に鳥肌を立たせた香澄は、嫌な予感を得てドアに手を当てる。
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