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第二十一部・フェルナンド 編

AとK

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「時差的な問題はいいのか?」

 佑が尋ねると、佐伯は「ええ」と頷く。

「彼の生活は不規則ですが、コールが掛かると大体出ます」

 佐伯が言ったように、少ししてから『何の用だ? A』と返事がある。

 Aというアルファベットは、佐伯の名前の何にも掛からない。

 恐らく同様に、相手のKも何も本人に結びついていないのだろう。

『裏の依頼がある』

 佐伯がKに依頼を伝えたあと、少し間が空く。

『cavp』

 送られてきた謎のアルファベットの羅列を、佐伯が説明する。

「Cはクラッキング、情報の破壊や不当複製、アクセス制御の突破などすべてを意味します。Aはアタックのみ。Vはヴァンダル、広義の荒らし行為です。Pは電話回線に関わるクラッキング。社長の場合、後始末も念入りにするなら、オーダー的に最上位のCに当たります」

「構わない。金は幾らでも出す」

「依頼者の名前を出すか出さないかでも、値段が変わります。依頼者の名前を出せばKに対してある程度の保証になり、また何かあった場合、彼に再度オーダーしやすくなります。ですが彼を敵に回した場合の覚悟をしなくてはなりません。匿名でもオーダーできますが、高額になります。加えて今回のターゲット……赤松さんに関わる事なら、Kならすぐ社長だと分かるでしょう」

「守秘義務については信用していいんだな?」

「ええ。社長とこの場にいる方々さえ、Kの秘密を守ってくださるなら心配ありません。本来なら僕一人で彼にオーダーするところですが、社長が依頼者として名前を出されるのなら、確認の顔出しが必要です。彼もオーダーを受けるのは、秘密の守れる身元のしっかりした人のみ……と決めていますから」

「分かった。顔出ししても構わない」

 そこで佑は後方を振り向き、彼の視線を受けた松井や河野、護衛たちは部屋を出ていった。

 それを確認してから、佐伯は滑らかにキーボードに手を滑らせた。

『何でもありで依頼を頼む。依頼者はここにいる。彼から直接オーダーを受けてほしい。俺が信頼している人だから、守秘については心配ない』

 そこまで打ってから、佐伯は「すみません、僕は覆面をします」と言って、傍らにあるひょっとこのお面を被り、インカムをつける。その上からパーカーのフードを被った。

「音声を繋げます」

 佐伯が告げ、佑は彼に指示された場所に立った。

 やがてモニターの一つに、〝K〟がついたエンブレムが映った。

 向こう側から、ボイスチェンジャーで声を変えた男の声がする。

『タスク・ミツルギ? ワオ、大物だ』

 こちらから何も言わずとも、Kは佑の姿を見ただけで相手が誰かすぐ分かったらしい。

『A、依頼って彼から?』

 Kからの問いに、A――佐伯も、ボイスチェンジャー越しの音声で答える。

『そうだ。恩のある人だから、どうかオーダーを受けてほしい』

 佐伯がKに告げたあと、佑が口を開いた。

『K、初めまして。タスク・ミツルギだ。顔と名前を晒してでも、君に頼みたい事がある』

 英語にもビジネス用の丁寧な言葉があるが、佑はあえて彼らの流儀に合わせてフランクな英語で話し掛けた。

『いいよ、どんなオーダー? 聞くだけ聞いてみる』

 Kの返事を聞き、佑はバルセロナでフェルナンドと会った経緯から、香澄が誘拐された一連の流れを話した。

『ふぅん……。ダークウェブに流したなんて、相当だね。まぁ、あんたなら誰の恨みを買ってもおかしくないけど』

 その上で佑は、香澄に関するデータをすべて削除した上で、彼女のデータにアクセスした者へのクラッキング、またフェルナンドのパソコンに侵入し、香澄を取り戻すまでの見張りを依頼した。

『OK、オーダー受けてやるよ。あんたの会社には少なからず世話になってるしね。それに他の利己的なオーダーをするやつに比べたら、とってもピュアで応援したくなる』

 依頼の承諾を得て、佑は安堵する。

『幾らだ?』

『緊急案件としての料金も加え、五十万ドル……って言いたいけど、あんたのピュアさに負けて、四十五万ドルでいいよ。全額先払いだけど』

 値引きされた金額でも、ざっと五千万円だ。

『分かった。振込先を教えてくれ』

 佑はその金額を聞いても、まったく動じない。

 むしろある程度の値段を出されて安心していた。

 高度な技術を持っていても、安売りしていては逆に周囲から信頼されない場合がある。

 安くて品質がいい物をよしとされるのは日用品レベルの事であり、プロの技術者に依頼するなら、高額であってもクオリティの保証がほしいものだ。

 だから佑は、Kには五千万円を払う価値があると信じていた。

 何より佐伯が紹介してくれた相手だから、Kが自分を裏切る事はないと思っている。
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