上 下
1,365 / 1,550
第二十一部・フェルナンド 編

佐伯

しおりを挟む
「社長、お久しぶりです」

 車椅子で現れた佐伯は、現在二十九歳だ。

 清潔感のある好青年で、脚が不自由になった今も自宅に作ったジムで筋トレを怠っていない。

 彼の姿を見るたびに、佑は「自分の事を庇わなければ、彼は今も第一線で働いていただろうに」という罪悪感に駆られる。

「佐伯、元気だったか?」

 佑は彼と握手をする。

「どうぞ」と言われて入ったリビングは、広々としていて佐伯が車椅子のまま移動しやすい作りになっている。

 この家を作る時、佑はバリアフリーのデザインに精通している建築家に連絡を入れた。

 家を建てる金は佐伯が払うと言い張っていたので、実際の建築費用以外のデザイン料を、佑がこっそり払っていた。

 それぐらいの事をしなくては、気が済まなかったからだ。

「妻は仕事なんです。ご挨拶できなくてすみません」

「いや、突然押しかけたのはこっちだから、気にしないでほしい」

 佑と松井、河野がソファに座ると、佐伯はテーブルの向かいに移動する。

「彼は河野。いま第三秘書をしてくれている」

 佑に紹介されて河野が黙礼し、佐伯は彼を見て微笑んだ。

「あなたが今の第三秘書なんですね。社長を宜しくお願い致します」

 頭を下げた佐伯に、河野もきっちりと頭を下げる。

「……それで、現在誘拐されているのが、第二秘書の赤松さんなんですね?」

 佐伯に言われ、佑は溜め息をついて頷く。

「ああ。今はアフロディーテ号に乗って太平洋上だ。友人に保護されたらしく、船から国際電話があった。だが香澄の写真は、犯人によってダークウェブサイトに載せられた可能性が高い。目的は人身売買らしく、今後の事を思うと気が重い」

 佑の説明を聞き、佐伯は頷いた。

「それで……僕、ですね」

 佐伯と旧知の仲である松井はともかく、河野はなぜ彼を頼るのか分かっていない。

「口を挟んですみません。事情が分かるように説明して頂けたら幸いです。状況が分かれば、私も何か手伝いができるかもしれませんから」

 そう言った河野に向けて佐伯は軽く微笑んだ。

「僕はもともと、コンピューターに強い関係でスカウトをいただきました。大学生時代は少し……、その、クラッカーの真似事と言いますか、ヤンチャをしていた時期がありまして。あちこち〝覗き見〟をしていました」

 説明され、河野は納得したように何度か頷いた。

「僕自身の腕は大した事はないのですが、類は友を呼ぶという事で、僕の友人は〝本物〟です。表向きはホワイトハッカーとして企業案件を引き受けながら、裏では大きな声で言えない仕事を引き受けています。社長は恐らく、彼に連絡を取ってほしいと言っているのだと思いますが……」

 佐伯に視線を向けられ、佑は「その通りだ」と頷く。

「連絡する事は可能です。ですが彼に依頼すれば、法外な値段を請求されます。しかもすべて前払い」

「構わない。ダークウェブサイトにアクセスして、香澄の画像や人身売買の情報があるかを確認し、情報にアクセスした者がいればウイルスを送り込んで、履歴やデータを破壊してほしい」

 佑は迷いなく答え、呉代は後ろに立ったまま微かに表情を震わせる。

 誰かが香澄に害をなす時、御劔佑は容赦のない男になると思い知ったからだ。

「承知いたしました。すぐオーダーします」

 佐伯は車椅子を動かし、スライドドアで隔てられている奥の部屋に向かった。

「こちらへどうぞ」

 声を掛けられ、佑たちもあとに続く。

 一階には佐伯が生活するのに必要なものが揃い、エレベーターがあるので二階への移動にも困らない。

 一行が足を踏み入れたのは、大きなモニターが幾つも接続されている仕事部屋だ。

 まるで海外映画に出てくるハッカーや、プロゲーマーのような部屋で、ただならぬ雰囲気があり、呉代が「すげぇ……」と呟いたのが聞こえた。

「凄い設備ですね。ゲームも楽しめそうです」

 相変わらず河野は、マイペースに思った事を言う。

「ゲームもしますよ。スペックの高いパソコンなので、ゲームも速く動かせますので。配信もやっていますが、割と見られています」

 どうやら人気のあるオンラインゲームで、トップランカーとして君臨しているプレイヤーが佐伯らしい。

 佑はゲームに疎いので「凄いな」しか感想がなかったのだが、そのゲームをプレイしている河野たちは、プレイヤー名を聞いて驚いた顔をしていた。

 他にも彼はプログラミングやWebサイトを作り、仕事としているらしい。

 やがて佐伯はチャットソフトを立ち上げ、コールを掛ける。

 カタカタとキーボードを打ち、英語で『K、いるか?』と語りかける。
しおりを挟む
感想 556

あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~

けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。 秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。 グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。 初恋こじらせオフィスラブ

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

処理中です...