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第二十一部・フェルナンド 編

導く小さな手

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 少年に手を引っ張られた香澄は、様々な施設を入り組んだ道のりで走っていく。

『次はこっち』

 そう言う少年は、まるで船内の見取り図が頭に入っているように思える。

(何なの……?)

 動揺したままチラッと後ろを見ると、どうやら少年は追っ手をまこうとしているようだ。

(この子、何か察しているのかも)

 イブニングドレスを着たままで走りづらいが、香澄は痛くなる足に鞭打ってひたすら歩を進める。

 だがもともとハイブランドのハイヒールは、走ったり長距離を歩くようにできていない。

『ちょっと待って』

 香澄は一度止まり、ハイヒールを脱いで裸足になってから再び走り始めた。

 やがて二人はエレベーターに乗る。

 ゴンドラが通るパイプは透明で外から見えるので、二人はドア側に寄っていた。

『君……、何なの?』

『ジョシュア。ジョシュって読んで』

 金髪碧眼の彼は、香澄を見上げてニコッと笑う。

『君、カスミだよね? 僕、間違えてないよね?』

『う、うん。カスミ・アカマツです』

『パパが君を助けたがって悩んでいたから、僕が行動したんだ。大人は子供相手なら警戒を緩めると思って』

 その話し方を聞いていると、彼の年齢を忘れてしまいそうだ。

 香澄が呆気にとられているのを見て、ジョシュアは悪戯っぽく笑ってみせた。

『僕、アルクのメンバーなんだ』

『ええっ?』

 アルクというのは、非営利の高IQ団体の名称だ。

 ラテン語で〝輪〟を意味し、全世界のメンバーが手を取って輪になる事で、より良い世界にしていこうという意味がある。

 佑はジャパン・アルクのメンバーだし、他にもクイズ番組によく出ているお笑い芸人も会員なのだとか。

 なら船内の見取り図を把握している事や、利発的な話し方も納得できる。

 やがてジョシュアはスイートルームのあるデッキまで戻ると、『こっち』と言ってとある客室に香澄を導く。

 船内パスでロックを開けると、ジョシュは香澄を室内に引き込んだ。

「っあぁ……」

 走って呼吸が乱れたのと、フェルナンドから逃げられた安堵でドキンドキンと心臓が高鳴る。

(逃げられた……の……?)

 いまだ状況が分かっていない香澄は、ズルズルとその場に座り込む。

 その時、誰もいないと思った部屋の奥から『ジョシュ?』と男性の声が聞こえ、背の高い男性が姿を現した。

『ママと一緒じゃなかった…………の、か……』

 現れた金髪碧眼の男性は、先ほどエレベーターで一緒になった家族連れの父親だ。

 彼は香澄を見て目をまん丸にし、その数秒後にすべてを理解して『ジョシュ……』と溜め息をつく。

『だってパパ、この人と知り合いで助けたかったんでしょ?』

『それはそうだが、ジョシュが危険な目に遭ってしまう。もう少し慎重に計画を立てるべきだったんじゃないか?』

『僕は〝子供〟っていう免罪符を持っているから大丈夫だよ』

 口の減らないジョシュアを前に、男性は溜め息をつく。
 そして改めて香澄に近付き、座り込んでいる彼女の前に膝をついた。

『初めまして、ミズ・カスミ。俺はテオと言う。カイ……、タスク・ミツルギの友人だ』

「~~~~っ!」

 こんな船上で佑の名前を聞くとは思わず、つい涙がこみ上げた。

 香澄が両手で口元を覆って涙を零すと、テオは肩に手を置いてポンポンと叩く。

『良かったら事情を話してくれないか? どう見ても、君が自分の意志でさっきの彼と一緒にいると思えなかった。君がカイの元に戻れるよう、全面的に協力したい』

『はい……っ』

 頷いた香澄は、安堵のあまりしばらく肩を震わせて嗚咽していた。



**



 一度自宅に帰った佑は着替えてシャワーを浴び、努めて冷静になるよう自分に言い聞かせていた。

 斎藤は平時通り料理を作ってくれて、テーブルの上にメモが載っている。

 今日はいつもと同じ時刻に香澄と帰る予定だったので、テーブルの上には二人分の食事があり、ラップがかかっていた。

 それを見て胸が締め付けられる思いになり、とりあえず自分の分だけでも、と食べられそうな物を温めてむりやり口に入れた。

 けれどムシャクシャしているのは事実で、冷蔵庫から缶ビールを出して呷る。

 皿を食洗機に突っ込んだあと、彼は静かなリビングで電源のついていないテレビを睨んだ。

 ――と、スマホに着信があった。
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