1,361 / 1,544
第二十一部・フェルナンド 編
導く小さな手
しおりを挟む
少年に手を引っ張られた香澄は、様々な施設を入り組んだ道のりで走っていく。
『次はこっち』
そう言う少年は、まるで船内の見取り図が頭に入っているように思える。
(何なの……?)
動揺したままチラッと後ろを見ると、どうやら少年は追っ手をまこうとしているようだ。
(この子、何か察しているのかも)
イブニングドレスを着たままで走りづらいが、香澄は痛くなる足に鞭打ってひたすら歩を進める。
だがもともとハイブランドのハイヒールは、走ったり長距離を歩くようにできていない。
『ちょっと待って』
香澄は一度止まり、ハイヒールを脱いで裸足になってから再び走り始めた。
やがて二人はエレベーターに乗る。
ゴンドラが通るパイプは透明で外から見えるので、二人はドア側に寄っていた。
『君……、何なの?』
『ジョシュア。ジョシュって読んで』
金髪碧眼の彼は、香澄を見上げてニコッと笑う。
『君、カスミだよね? 僕、間違えてないよね?』
『う、うん。カスミ・アカマツです』
『パパが君を助けたがって悩んでいたから、僕が行動したんだ。大人は子供相手なら警戒を緩めると思って』
その話し方を聞いていると、彼の年齢を忘れてしまいそうだ。
香澄が呆気にとられているのを見て、ジョシュアは悪戯っぽく笑ってみせた。
『僕、アルクのメンバーなんだ』
『ええっ?』
アルクというのは、非営利の高IQ団体の名称だ。
ラテン語で〝輪〟を意味し、全世界のメンバーが手を取って輪になる事で、より良い世界にしていこうという意味がある。
佑はジャパン・アルクのメンバーだし、他にもクイズ番組によく出ているお笑い芸人も会員なのだとか。
なら船内の見取り図を把握している事や、利発的な話し方も納得できる。
やがてジョシュアはスイートルームのあるデッキまで戻ると、『こっち』と言ってとある客室に香澄を導く。
船内パスでロックを開けると、ジョシュは香澄を室内に引き込んだ。
「っあぁ……」
走って呼吸が乱れたのと、フェルナンドから逃げられた安堵でドキンドキンと心臓が高鳴る。
(逃げられた……の……?)
いまだ状況が分かっていない香澄は、ズルズルとその場に座り込む。
その時、誰もいないと思った部屋の奥から『ジョシュ?』と男性の声が聞こえ、背の高い男性が姿を現した。
『ママと一緒じゃなかった…………の、か……』
現れた金髪碧眼の男性は、先ほどエレベーターで一緒になった家族連れの父親だ。
彼は香澄を見て目をまん丸にし、その数秒後にすべてを理解して『ジョシュ……』と溜め息をつく。
『だってパパ、この人と知り合いで助けたかったんでしょ?』
『それはそうだが、ジョシュが危険な目に遭ってしまう。もう少し慎重に計画を立てるべきだったんじゃないか?』
『僕は〝子供〟っていう免罪符を持っているから大丈夫だよ』
口の減らないジョシュアを前に、男性は溜め息をつく。
そして改めて香澄に近付き、座り込んでいる彼女の前に膝をついた。
『初めまして、ミズ・カスミ。俺はテオと言う。カイ……、タスク・ミツルギの友人だ』
「~~~~っ!」
こんな船上で佑の名前を聞くとは思わず、つい涙がこみ上げた。
香澄が両手で口元を覆って涙を零すと、テオは肩に手を置いてポンポンと叩く。
『良かったら事情を話してくれないか? どう見ても、君が自分の意志でさっきの彼と一緒にいると思えなかった。君がカイの元に戻れるよう、全面的に協力したい』
『はい……っ』
頷いた香澄は、安堵のあまりしばらく肩を震わせて嗚咽していた。
**
一度自宅に帰った佑は着替えてシャワーを浴び、努めて冷静になるよう自分に言い聞かせていた。
斎藤は平時通り料理を作ってくれて、テーブルの上にメモが載っている。
今日はいつもと同じ時刻に香澄と帰る予定だったので、テーブルの上には二人分の食事があり、ラップがかかっていた。
それを見て胸が締め付けられる思いになり、とりあえず自分の分だけでも、と食べられそうな物を温めてむりやり口に入れた。
けれどムシャクシャしているのは事実で、冷蔵庫から缶ビールを出して呷る。
皿を食洗機に突っ込んだあと、彼は静かなリビングで電源のついていないテレビを睨んだ。
――と、スマホに着信があった。
『次はこっち』
そう言う少年は、まるで船内の見取り図が頭に入っているように思える。
(何なの……?)
動揺したままチラッと後ろを見ると、どうやら少年は追っ手をまこうとしているようだ。
(この子、何か察しているのかも)
イブニングドレスを着たままで走りづらいが、香澄は痛くなる足に鞭打ってひたすら歩を進める。
だがもともとハイブランドのハイヒールは、走ったり長距離を歩くようにできていない。
『ちょっと待って』
香澄は一度止まり、ハイヒールを脱いで裸足になってから再び走り始めた。
やがて二人はエレベーターに乗る。
ゴンドラが通るパイプは透明で外から見えるので、二人はドア側に寄っていた。
『君……、何なの?』
『ジョシュア。ジョシュって読んで』
金髪碧眼の彼は、香澄を見上げてニコッと笑う。
『君、カスミだよね? 僕、間違えてないよね?』
『う、うん。カスミ・アカマツです』
『パパが君を助けたがって悩んでいたから、僕が行動したんだ。大人は子供相手なら警戒を緩めると思って』
その話し方を聞いていると、彼の年齢を忘れてしまいそうだ。
香澄が呆気にとられているのを見て、ジョシュアは悪戯っぽく笑ってみせた。
『僕、アルクのメンバーなんだ』
『ええっ?』
アルクというのは、非営利の高IQ団体の名称だ。
ラテン語で〝輪〟を意味し、全世界のメンバーが手を取って輪になる事で、より良い世界にしていこうという意味がある。
佑はジャパン・アルクのメンバーだし、他にもクイズ番組によく出ているお笑い芸人も会員なのだとか。
なら船内の見取り図を把握している事や、利発的な話し方も納得できる。
やがてジョシュアはスイートルームのあるデッキまで戻ると、『こっち』と言ってとある客室に香澄を導く。
船内パスでロックを開けると、ジョシュは香澄を室内に引き込んだ。
「っあぁ……」
走って呼吸が乱れたのと、フェルナンドから逃げられた安堵でドキンドキンと心臓が高鳴る。
(逃げられた……の……?)
いまだ状況が分かっていない香澄は、ズルズルとその場に座り込む。
その時、誰もいないと思った部屋の奥から『ジョシュ?』と男性の声が聞こえ、背の高い男性が姿を現した。
『ママと一緒じゃなかった…………の、か……』
現れた金髪碧眼の男性は、先ほどエレベーターで一緒になった家族連れの父親だ。
彼は香澄を見て目をまん丸にし、その数秒後にすべてを理解して『ジョシュ……』と溜め息をつく。
『だってパパ、この人と知り合いで助けたかったんでしょ?』
『それはそうだが、ジョシュが危険な目に遭ってしまう。もう少し慎重に計画を立てるべきだったんじゃないか?』
『僕は〝子供〟っていう免罪符を持っているから大丈夫だよ』
口の減らないジョシュアを前に、男性は溜め息をつく。
そして改めて香澄に近付き、座り込んでいる彼女の前に膝をついた。
『初めまして、ミズ・カスミ。俺はテオと言う。カイ……、タスク・ミツルギの友人だ』
「~~~~っ!」
こんな船上で佑の名前を聞くとは思わず、つい涙がこみ上げた。
香澄が両手で口元を覆って涙を零すと、テオは肩に手を置いてポンポンと叩く。
『良かったら事情を話してくれないか? どう見ても、君が自分の意志でさっきの彼と一緒にいると思えなかった。君がカイの元に戻れるよう、全面的に協力したい』
『はい……っ』
頷いた香澄は、安堵のあまりしばらく肩を震わせて嗚咽していた。
**
一度自宅に帰った佑は着替えてシャワーを浴び、努めて冷静になるよう自分に言い聞かせていた。
斎藤は平時通り料理を作ってくれて、テーブルの上にメモが載っている。
今日はいつもと同じ時刻に香澄と帰る予定だったので、テーブルの上には二人分の食事があり、ラップがかかっていた。
それを見て胸が締め付けられる思いになり、とりあえず自分の分だけでも、と食べられそうな物を温めてむりやり口に入れた。
けれどムシャクシャしているのは事実で、冷蔵庫から缶ビールを出して呷る。
皿を食洗機に突っ込んだあと、彼は静かなリビングで電源のついていないテレビを睨んだ。
――と、スマホに着信があった。
11
お気に入りに追加
2,509
あなたにおすすめの小説
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
若妻シリーズ
笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。
気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。
乳首責め/クリ責め/潮吹き
※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様
※使用画像/SplitShire様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる