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第二十一部・フェルナンド 編

第二十一部・序章 フェルナンド

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 フェルナンドは自室で一人、チェス盤を見つめていた。

 部屋の中にはモニターを三台繋げたパソコンがあり、うち一台は日本にいる香澄のスマホと繋がっていた。

 御劔佑をターゲットにすると決めてから、彼は様々な事を調べていった。

 どうにも企業的にChief Everyという会社は強固すぎて、クラッカーを雇って何度か攻撃させたが、すぐにあちらで手を打って事なきを得たようだ。

 Chief Everyの悪い噂をばら撒こうにも、世界中に名を轟かせる会社なので大した効果にはならない。

 たとえ御劔佑が問題発言をしたとしても、それを問題にしないファンが大勢いる。

 加えて社長一人の人間性よりも、Chief Everyの商品さえ変わらなければ買い続けるという層が厚すぎる。

 彼が騒ぎを起こしても、非難するのはごく一部の暇人だけだ。

 加えて大企業の経営者、セレブ、億万長者と呼ばれる人間は、自分が纏っている衣の裾に多少蟻がたかっても気にしない。

 煩いと感じるなら裾を払えばいい事だし、その気になれば蟻を踏み潰す事もできる。

 または得るもののためなら、多少のマイナスすら受け入れる。

 よって大勢を巻き込んで会社や社長としての御劔佑を攻撃するやり方は、あまり良い手とは思えなかった。

 ならばもっと確実に、御劔佑という個人を叩きのめす方法を考えた。

 会社や社会的地位を脅かしても問題にならないなら、御劔佑が最も大切にしているものを奪い、一番効果的なやり方で壊せばいい。

 何が一番なのか観察していれば、やはり側に置いている女が弱点だ。

 幸いにも二人がスペインに来ると分かり、御劔佑が泊まるだろうホテルに先にチェックインしておいた。

 御劔佑はホテル王のショーン・ロッドフォードと友人関係だ。

 ロッドフォードの直営、または系列のホテルは世界中の主要都市にある。
〝以前に〟御劔佑がロンドンで泊まったホテルも、彼のホテルだ。

 ホテルマンたちは御劔佑がCEOの友人だと知っているので、最高のサービスをする。

 加えて御劔佑も、ホテルを使用する事でショーン・ロッドフォードとも利害の一致した関係を築けているのだろう。

 ホテルさえ同じなら、いずれ接触する機会はある。

 朝食ビュッフェで二人を見つけた時、「チャンスだ」と思った。

 香澄にナンパ男を装って声を掛け、どんな人物なのか様子を見る。

 香澄はセレブの恋人と思えないほど、危機感の薄い善人だった。

 女性を雇って御劔佑を誘惑できないか試してみたが、香澄に一途らしく、どれだけアプローチしてもニコリともしなかったようだ。

 ――ウィークポイントを探す間でもない。この子しかいないじゃないか。

 フェルナンドはターゲットを決めた。

 連絡先を交換をしたあとは、香澄に自分の送ったURLを踏ませるのは簡単だった。

 自分の仕事に関わる動画というのは本当だが、それを見させるのに大手動画サイトを装ったログイン画面を作り、香澄の情報を吸い取った。

 それとは別に、人を雇って実際に彼女のスマホを弄った。

 いつも護衛に囲まれていて、香澄が一人になる事はほぼない。

 ただ会社の昼休みに近くのコーヒーショップやコンビニに行く程度なら、許していたようだ。

 ヨーロッパから帰って安心しきっている頃に、雇った者にゴーサインを出した。

 日本人はお人好しだ。

 外国人旅行者が困っていれば「Can I help you?」と話し掛ける。

 それを利用して、雇った者の一人は女性にし、善人そうな旅行者を演じさせた。

 日本に入国する際に持病の薬として短期、長期それぞれに作用する睡眠薬を持たせ、あらかじめ粉にしておき、コーヒーに混ぜて飲ませた。

 事前に調べた通り、薬を服用していない香澄はあっさり眠ってくれた。

 その時に確実に誘拐できればベストだが、失敗した時のためにスマホをこちらの管理下においた。

 まずはデータを高速で吸い出せるケーブルを使って、パソコンに取り込む。

 あとから空のスマホに香澄が持っているものと、データ状態が同じ物を作った。

 監視アプリを同期させ、カメラ、マイクがすべて筒抜けの状態で本物を彼女に返した。

 第一の目的は果たし、ついでにさらって行こうと思ったが、邪魔をされた。

 邪魔をした男――マティアスを、彼はよく知っていた。

 だからこそ、御劔佑や香澄とは別の計画を立てて念入りに潰す予定だ。

 数人に襲わせても、マティアスが相手なら返り討ちに遭ってしまう。

 ドイツには二○十一年まで徴兵制度があった。

 九年前、マティアスは二十一歳だ。徴兵制度がまだある十八歳の時に九か月の兵役をこなし、その時にかなり上官から目を掛けられたらしい。

 現在でもストイックに鍛え続け、彼を知る者に言わせれば〝体力オバケ〟らしい。

 その人物が言うには、マティアスの性格と生い立ちから、軍と相性が良かったようだ。

『コマンドを出せば必ず完遂する、理想的な存在』だと軍の上官は言っていたそうだ。

 彼自身のポテンシャルは非常に高く、徴兵時代を経てなお強い。
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