1,278 / 1,544
第十九部・マティアスと麻衣 編
抱え込む
しおりを挟む
(じゃあ、私や佑さん、この家に出入りしている人が、すれ違いざまに盗聴器をつけられた可能性は? スリの人って気付かないように物を盗るし、訓練された人の技術を使えば可能かもしれない)
自分に盗聴機がつけられたとして、何についているか考える。
(通勤用のバッグ、普段使いのコートが一番怪しい。出掛けた時用のバッグとコートも疑うべきかもしれないけど……。でも……)
自分たちの周りには護衛がいて、雑踏でもみくちゃにされるのは想定できない。
今日のように街中を歩く事はあっても、完全に一人で歩く事はなかった気がする。
(私がフリーだったのはニセコの時だけど、あの段階では考えられない)
やはりフェルナンドと出会ったあとと思うのが自然だ。
(バルセロナで声を掛けてきたのは意図的? 佑さんがスペインに行くと知っていて事前にあのホテルに泊まっていた?)
香澄は布団を被ったまま、思考が焼き切れそうになるほど、あらゆる可能性を考える。
(日本の協力者がいるかもしれない。佑さんの出張スケジュールは会社の人しか知らないはずだけど、松井さんや河野さんが裏切るなんてあり得ない。秘書課の人が、お酒の席で話していたのを聞かれた可能性はある?)
人が誰かを裏切るのは、強い恨みを持っているか、メリットがある場合だと思っている。
佑は松井を〝恩人〟と公言している。
松井は佑を息子のように感じつつも側で支え続け、河野も前職で散々な目に遭ったあと、成長有望なChief Everyならと思って入社した。
幾ら香澄が迷惑を掛け、彼の前でバカップルぶりを発揮したとしても、河野の性格を考えると、彼がそれで嫌気を差して裏切るとは考えられない。
だから、二人が佑に強い恨みを抱く可能性は低い。
(あの二人は除外。社内の人も多分関係ない。……バルセロナで同じホテルになったのは、事前に知っていたと考えられるし、ラグジュアリーホテルに出入りする人だから、たまたまだったかもしれない)
そこまで考えて、いや……と小さく首を振る。
(起こってしまった事を考えても仕方がない。今後フェルナンドさんは、私や佑さんにどんな要求をしてくるか分からない。最悪な結果にならないように、今できる事を考えないと)
考えながら、香澄は知らずと歯を食いしばっていた。
強いストレスが掛かると、食いしばりの癖が出てしまう。
佑もイギリスの一件で奥歯を割ったが、香澄は知らない。
佑も香澄も、お互いを守ろうとして、一人で抱え込もうとしている。
(こんなんじゃ駄目だ……。何でも佑さんに相談するって決めたのに)
一人で悩めば、ニセコに行く前と同じになってしまう。
(でも、どこから見張られているか分からない。誰かの命がかかっているなら、ミスがあっちゃいけない)
昼間、佐野の額に赤い光があったのを見た時、腹の底が酷く冷えた。
胸の奥に黒くて重たい石を投げ込まれたようで、「ヒヤッとした」という可愛い言葉では済まない感覚に陥った。
自分の一挙手一投足で、誰かの命が奪われるかもしれない。
その〝誰か〟は護衛かもしれないし、親友かもしれないし、佑かもしれない。
考えるだけで気がおかしくなりそうで、一生このまま布団から出ずに過ごしたい。
どこかに盗聴器とカメラがあるなら、安易に佑に相談する事もできない。
彼は聡い人だからこそ、何か行動を起こした瞬間、誰かが頭を撃ち抜かれるかもしれない。
そうなったらすべて自分の責任だ。
自分の言葉、動作、目の動き、振る舞い、感情の表し方……。
その一つ一つが見張られ、フェルナンドに「助けを求めている」と判断されたらアウトになる。
(……気持ち悪い……)
また吐きそうになり、香澄は布団から顔を出して新鮮な空気を吸った。
もっと新鮮な空気が吸いたいと思い、起き上がって階下に向かった。
「貴恵さん、少し外の空気を吸ってきます。庭にいるので心配しないでください」
「分かりました」
斎藤に声を掛け、香澄は玄関クローゼットから適当なジャンパーを選んで袖を通し、外に出る。
まだ一月なので、当然寒い。
「さむ……」
フェルナンドに水を差されるのは嫌なので、スマホは持ってこなかった。
今は水を抜かれているプール前のベンチに座ると、溜め息をついて空を見上げた。
(星……札幌みたいには見られないのかな)
札幌ならオリオン座や、季節を問わず北斗七星に北極星、カシオペア座も分かるはずなのに、東京はあまり星が分からない。
「たすくさん……」
香澄はくちびるだけで彼の名前を呼び、彼の笑顔や声、優しく触れる手の感触を思い出し、微笑んだ。
そしてほんの少し、目の端に涙を滲ませる。
自分に盗聴機がつけられたとして、何についているか考える。
(通勤用のバッグ、普段使いのコートが一番怪しい。出掛けた時用のバッグとコートも疑うべきかもしれないけど……。でも……)
自分たちの周りには護衛がいて、雑踏でもみくちゃにされるのは想定できない。
今日のように街中を歩く事はあっても、完全に一人で歩く事はなかった気がする。
(私がフリーだったのはニセコの時だけど、あの段階では考えられない)
やはりフェルナンドと出会ったあとと思うのが自然だ。
(バルセロナで声を掛けてきたのは意図的? 佑さんがスペインに行くと知っていて事前にあのホテルに泊まっていた?)
香澄は布団を被ったまま、思考が焼き切れそうになるほど、あらゆる可能性を考える。
(日本の協力者がいるかもしれない。佑さんの出張スケジュールは会社の人しか知らないはずだけど、松井さんや河野さんが裏切るなんてあり得ない。秘書課の人が、お酒の席で話していたのを聞かれた可能性はある?)
人が誰かを裏切るのは、強い恨みを持っているか、メリットがある場合だと思っている。
佑は松井を〝恩人〟と公言している。
松井は佑を息子のように感じつつも側で支え続け、河野も前職で散々な目に遭ったあと、成長有望なChief Everyならと思って入社した。
幾ら香澄が迷惑を掛け、彼の前でバカップルぶりを発揮したとしても、河野の性格を考えると、彼がそれで嫌気を差して裏切るとは考えられない。
だから、二人が佑に強い恨みを抱く可能性は低い。
(あの二人は除外。社内の人も多分関係ない。……バルセロナで同じホテルになったのは、事前に知っていたと考えられるし、ラグジュアリーホテルに出入りする人だから、たまたまだったかもしれない)
そこまで考えて、いや……と小さく首を振る。
(起こってしまった事を考えても仕方がない。今後フェルナンドさんは、私や佑さんにどんな要求をしてくるか分からない。最悪な結果にならないように、今できる事を考えないと)
考えながら、香澄は知らずと歯を食いしばっていた。
強いストレスが掛かると、食いしばりの癖が出てしまう。
佑もイギリスの一件で奥歯を割ったが、香澄は知らない。
佑も香澄も、お互いを守ろうとして、一人で抱え込もうとしている。
(こんなんじゃ駄目だ……。何でも佑さんに相談するって決めたのに)
一人で悩めば、ニセコに行く前と同じになってしまう。
(でも、どこから見張られているか分からない。誰かの命がかかっているなら、ミスがあっちゃいけない)
昼間、佐野の額に赤い光があったのを見た時、腹の底が酷く冷えた。
胸の奥に黒くて重たい石を投げ込まれたようで、「ヒヤッとした」という可愛い言葉では済まない感覚に陥った。
自分の一挙手一投足で、誰かの命が奪われるかもしれない。
その〝誰か〟は護衛かもしれないし、親友かもしれないし、佑かもしれない。
考えるだけで気がおかしくなりそうで、一生このまま布団から出ずに過ごしたい。
どこかに盗聴器とカメラがあるなら、安易に佑に相談する事もできない。
彼は聡い人だからこそ、何か行動を起こした瞬間、誰かが頭を撃ち抜かれるかもしれない。
そうなったらすべて自分の責任だ。
自分の言葉、動作、目の動き、振る舞い、感情の表し方……。
その一つ一つが見張られ、フェルナンドに「助けを求めている」と判断されたらアウトになる。
(……気持ち悪い……)
また吐きそうになり、香澄は布団から顔を出して新鮮な空気を吸った。
もっと新鮮な空気が吸いたいと思い、起き上がって階下に向かった。
「貴恵さん、少し外の空気を吸ってきます。庭にいるので心配しないでください」
「分かりました」
斎藤に声を掛け、香澄は玄関クローゼットから適当なジャンパーを選んで袖を通し、外に出る。
まだ一月なので、当然寒い。
「さむ……」
フェルナンドに水を差されるのは嫌なので、スマホは持ってこなかった。
今は水を抜かれているプール前のベンチに座ると、溜め息をついて空を見上げた。
(星……札幌みたいには見られないのかな)
札幌ならオリオン座や、季節を問わず北斗七星に北極星、カシオペア座も分かるはずなのに、東京はあまり星が分からない。
「たすくさん……」
香澄はくちびるだけで彼の名前を呼び、彼の笑顔や声、優しく触れる手の感触を思い出し、微笑んだ。
そしてほんの少し、目の端に涙を滲ませる。
12
お気に入りに追加
2,509
あなたにおすすめの小説
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
若妻シリーズ
笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。
気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。
乳首責め/クリ責め/潮吹き
※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様
※使用画像/SplitShire様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる