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第十九部・マティアスと麻衣 編

布団の中で考える

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「もしもし、お電話代わりました。マティアス・シュナイダーです。初めまして」

(おお、しっかり受け答えしてる)

 麻衣はマティアスが母と電話をしている姿を見て、ある種の感動を得た。

 信司と話している時も似た感覚に陥ったが、親となるとまた違う。

「年齢は三十歳です。現在は無職ですが、前職はドイツで秘書をしていました。今後、日本で暮らすに当たって、友人の会社に勤める予定です」

(やっぱり〝無職〟って言っちゃったー!)

 マティアスがストレートに言ってしまったので、麻衣はハラハラする。

(いや、再就職するって言ったし大丈夫かな?)

 見守っていると、マティアスは「はい」と何度か返事をしたあと、「マイさんに代わります」とスマホを差し出してきた。

「も、もしもし。……ど、どう?」

 ドキドキして母に質問すると、思っていたより好感触な返事がある。

『マティアスさん、真面目そうでいい人じゃない。無職はちょっと気になったけど、これから日本に住むなら仕方がないしね。うん、ひとまず週末楽しみにしてるから。その時ゆっくり話をさせて』

「分かった。ありがとう! 一旦切るね」

 電話を切ったあと、麻衣は溜め息をついてから笑う。

「緊張しちゃった。うちの親はあんな感じだけど、大丈夫そう?」

「問題ない。楽しそうな人で何よりだ」

「うちのお母さんは少し子供っぽいけど、お父さんはちょっと気難しい……うーん、普通? かもしれない。でも怒ってる訳じゃないからビビらなくていいから」

「分かった」

 その時、あつあつの鉄板に載せられたステーキが運ばれてきた。

「親に話しちゃったし、あとは週末を待つだけ! 備えあれば憂いなしって言うし、食べよう! 肉と米! いただきます!」

 そう言って麻衣はジュージュー言っている肉に向かって手を合わせると、フォークとナイフを手に取った。



**



 十八時頃、斎藤が声を掛けてきたが、きちんと受け答えできなかった。

 香澄は吐く物がなくなるまで吐いたあと、水を飲んで寝込んでしまった。

 斎藤は仕事をしていたので、二階で香澄が吐いていたと気付いていなかった。

「病院に行きますか?」

「……いえ。大丈夫です。ちょっとお腹壊しちゃったみたいで」

「あら、そうなんですか? お薬飲みましたか?」

「はい。ありがとうございます。あとはゆっくり寝ていようと思って……」

「分かりました。起こしてすみません」

「いいえ」

 斎藤は部屋から出ていき、静かに階段を下りていく。

 香澄はベッドの中で体を丸めた。

 具合が悪いのは演技ではないが、佑が帰ったあと、この演技がいつバレるか考えると気が気でない。

 彼は香澄の事になると、とても頭が悪くなる時がある。

 だが、基本的にとても鋭い。

〝世界の御劔〟と呼ばれる経営者の勘とも言えるだろう。

 イギリスから戻った直後も、ある程度は平気なふりができていた。

 結局、香澄が爆発して、一か月離れる羽目になってしまったが……。

(平気なふりをするしかない。今日は無理っぽいかもしれないけど、お腹を壊したって言って乗り切る。明日からは〝いつもの香澄〟で押し通すんだ)

 無理をすれば、今からでも普通に振る舞えるだろう。
 だがどこかでボロが出そうな気がした。

 フェルナンドに、どこで盗聴・盗撮されているか分からない。
 彼を誤魔化すため、今はショックを受けて寝込んでいるふりをする。

 その間に、今の自分ができる事を考えるつもりだった。

(スマホの中身は筒抜けだと思ったほうがいい。かと言って、使うのをやめるのは危険。今まで通りにするのが一番のルール)

〝ルール〟という「決まり事」を考えると、ギシッと心が縛り付けられたように思える。

 それでも香澄はルールの合間を縫って助けを求められないか、懸命に思考を巡らせた。

(家の中はどうなんだろう? こんなにセキュリティ万全な家に、カメラや盗聴器を仕込むとは考えにくい。この家で働いている人を疑うのも現実的じゃない。皆、フェルナンドさんと出会う前から佑さんと契約してるんだし)

 万が一を考えると、疑うべきかもしれない。

 だが疑っていてはキリがないし、いつも接しているのでどうしても信じたい。
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