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第十九部・マティアスと麻衣 編
絶対に隠し通さないと ★
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香澄は顔に笑顔を貼り付かせ、機械的にフォークを動かして胃に食べ物を詰め込んだ。
食後にドルチェが出たあと、食べながら雑談をしたはずなのに、内容を一つとして覚えていなかった。
本当はランチのあともブラブラする予定だったが、「体調が良くないから帰ります」と言わざるを得なかった。
何をしたくて家を出たのか、頭から完全に抜けている。
護衛は具合が悪いと信じ込み、心配して車を呼んでくれた。
瀬尾の運転する車で御劔邸まで戻り、「ゆっくりお休みください」と言われて母屋に入った。
現在、香澄は自室の洗面所でぼんやりと顔を洗っている。
階下では斎藤が島谷と一緒に掃除をし、家の中には仕込みをした料理の匂いが漂っていた。
だが香澄はまったく食欲がなく、それどころか――。
「……う……、うっ」
お腹の奥からせり上がってきた吐き気に耐えきれず、手洗いに駆け込むとランチで食べた物をすべて吐き戻した。
吐く物がなくなるまで吐ききり、今にも倒れそうな顔色でうがいをし、鼻をかむ。
(……絶対に隠し通さないと)
鋭い佑の事だから、必ず何か言われそうだ。
だが香澄は何をされても〝言わない〟と決意した。
どこに盗聴器とカメラがあるか分からないし、知らないものを佑に教えられない。
たとえ佑と喧嘩しても、彼や周りの人を守ろうと決意した。
溜め息をつき、どこにいるのか分からないフェルナンドと、彼に与しているだろう者たちを思う。
洗面所で香澄は座り込み、この上ない孤独を感じながら泣きじゃくった。
**
一方、札幌。
東京での日々が嘘のように思えるなか、麻衣は仕事始めを迎え、いつものように出社した。
勤務しているのは、小さな食品会社だ。
初日朝礼で社長の話を聞き、午前中は掃除をする。
掃除が終わったあと、麻衣は「話があるんですが」と声を掛けておいた部長と会議室に向かった。
「岩本さん、何の用事?」
五十代の部長は眼鏡を掛けた、少し気弱そうな男性だ。
「突然で申し訳ないのですが、数か月のうちに退職を視野に入れています」
麻衣はハッキリと退職を申しでて、ペコリと頭を下げる。
「えぇぇ……と? 理由は……?」
「結婚のため東京に引っ越す予定があります」
「あぁ! あー……。なるほど。……いや、急だね? いやいや、おめでとう」
部長はポカンとしたあと、祝ってくれる。
「新卒で採用して頂いてから、ずっとお世話になっていたのに、申し訳ありません」
「いや、結婚なら仕方ないじゃないか。東京でどうするかはもう決めているのか?」
「はい。とても頼りになる方がいて、その方にお世話になる予定です」
「そうか……。うん、分かった。じゃあ、時期になったら退職願を書いて提出しなさい。引き継ぎとかも念頭に置いて仕事をするように」
「はい、ありがとうございます」
トラブルにならずすんなり辞められそうで、麻衣は安堵した。
「いやぁ、びっくりしたな。岩本さんに彼氏がいるって聞いていなかったから」
「あはは、そうなんですよ。年末年始の休みで東京に行ったら、電撃と言いますか相手が見つかりまして」
「そうかそうか。いや、僕は個人的にはいいと思うよ。学生時代は多感な時で、片想いをして失恋しては、また誰かを好きになって……というエネルギーがある。だが大人になると仕事もあるし疲れやすくなるから、年々仕事も恋愛もといかなくなる。岩本さんが『この人だ』と思ったのなら、それでいいと思うんだ」
部長と個人的に話したのは初めてだが、「いい人だな」と思った。
「そう言って頂けて嬉しいです。私みたいなのを選んでくれる人はそういないので、このチャンスを逃がさず幸せになりたいです」
「そうしなさい。……さあ、そろそろ飯の時間だ」
「はい。お時間取って頂き、ありがとうございました」
麻衣は部長に一礼し、会議室を出た。
食後にドルチェが出たあと、食べながら雑談をしたはずなのに、内容を一つとして覚えていなかった。
本当はランチのあともブラブラする予定だったが、「体調が良くないから帰ります」と言わざるを得なかった。
何をしたくて家を出たのか、頭から完全に抜けている。
護衛は具合が悪いと信じ込み、心配して車を呼んでくれた。
瀬尾の運転する車で御劔邸まで戻り、「ゆっくりお休みください」と言われて母屋に入った。
現在、香澄は自室の洗面所でぼんやりと顔を洗っている。
階下では斎藤が島谷と一緒に掃除をし、家の中には仕込みをした料理の匂いが漂っていた。
だが香澄はまったく食欲がなく、それどころか――。
「……う……、うっ」
お腹の奥からせり上がってきた吐き気に耐えきれず、手洗いに駆け込むとランチで食べた物をすべて吐き戻した。
吐く物がなくなるまで吐ききり、今にも倒れそうな顔色でうがいをし、鼻をかむ。
(……絶対に隠し通さないと)
鋭い佑の事だから、必ず何か言われそうだ。
だが香澄は何をされても〝言わない〟と決意した。
どこに盗聴器とカメラがあるか分からないし、知らないものを佑に教えられない。
たとえ佑と喧嘩しても、彼や周りの人を守ろうと決意した。
溜め息をつき、どこにいるのか分からないフェルナンドと、彼に与しているだろう者たちを思う。
洗面所で香澄は座り込み、この上ない孤独を感じながら泣きじゃくった。
**
一方、札幌。
東京での日々が嘘のように思えるなか、麻衣は仕事始めを迎え、いつものように出社した。
勤務しているのは、小さな食品会社だ。
初日朝礼で社長の話を聞き、午前中は掃除をする。
掃除が終わったあと、麻衣は「話があるんですが」と声を掛けておいた部長と会議室に向かった。
「岩本さん、何の用事?」
五十代の部長は眼鏡を掛けた、少し気弱そうな男性だ。
「突然で申し訳ないのですが、数か月のうちに退職を視野に入れています」
麻衣はハッキリと退職を申しでて、ペコリと頭を下げる。
「えぇぇ……と? 理由は……?」
「結婚のため東京に引っ越す予定があります」
「あぁ! あー……。なるほど。……いや、急だね? いやいや、おめでとう」
部長はポカンとしたあと、祝ってくれる。
「新卒で採用して頂いてから、ずっとお世話になっていたのに、申し訳ありません」
「いや、結婚なら仕方ないじゃないか。東京でどうするかはもう決めているのか?」
「はい。とても頼りになる方がいて、その方にお世話になる予定です」
「そうか……。うん、分かった。じゃあ、時期になったら退職願を書いて提出しなさい。引き継ぎとかも念頭に置いて仕事をするように」
「はい、ありがとうございます」
トラブルにならずすんなり辞められそうで、麻衣は安堵した。
「いやぁ、びっくりしたな。岩本さんに彼氏がいるって聞いていなかったから」
「あはは、そうなんですよ。年末年始の休みで東京に行ったら、電撃と言いますか相手が見つかりまして」
「そうかそうか。いや、僕は個人的にはいいと思うよ。学生時代は多感な時で、片想いをして失恋しては、また誰かを好きになって……というエネルギーがある。だが大人になると仕事もあるし疲れやすくなるから、年々仕事も恋愛もといかなくなる。岩本さんが『この人だ』と思ったのなら、それでいいと思うんだ」
部長と個人的に話したのは初めてだが、「いい人だな」と思った。
「そう言って頂けて嬉しいです。私みたいなのを選んでくれる人はそういないので、このチャンスを逃がさず幸せになりたいです」
「そうしなさい。……さあ、そろそろ飯の時間だ」
「はい。お時間取って頂き、ありがとうございました」
麻衣は部長に一礼し、会議室を出た。
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