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第十九部・マティアスと麻衣 編

私も同じようにしたい

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(でも……)

 麻衣はアボカドを食べながら、チラリとマティアスを盗み見する。

(マティアスさんは自分から悪事に身を染める人に見えない。エミリアっていう人に命令されたからって聞いたけど、彼はその人の影響から完全に抜けられたんだろうか)

 たとえば自分が誰かの言いなりになって、悪い事をしたとする。

 現在はすべて解決していたとしても、その当時は逆らえない理由があり、支配されていた事になる。
 悪い事をしたなら被害者がいて、その人が一番救済されるべきだ。

 けれどまともな感覚の人なら、罪悪感や自己嫌悪を抱いて引きずってしまうだろう。

 逆らえなかったとはいえ、悪事を〝させられた〟なら、命令した人を恨み「こんなはずじゃなかったのに……」と思うに決まっている。

(デリケートな話題だけど、あとで聞いてみよう。彼が私のトラウマに立ち入って解決したいと望むなら、私も同じようにしたい。彼が拒否するなら深入りはしないけど)

 ドリアにスプーンを入れると、ホワッと湯気がたち、チキンライスが現れる。
 ホワイトソースとチーズがトロリと糸を引き、美味しそうだ。

 麻衣は無意識に笑顔になり、ふーふーと冷ましてから口に入れる。

(んま)

 目を細めた時、マティアスが笑いかけてきた。

「美味いか?」

「うん。美味しい」

(見られてた……!)

 食べているところを、好きな人に見られるのは恥ずかしい。

「日本のランチは安いのに美味いな。罪悪感まで持ってしまう」

「ドイツのご飯って高くて美味しくないんですか? いや、失礼」

 今の流れからナチュラルに聞いてしまったが、とても失礼な質問をしてしまった。

「気にしなくていい。以前も話したが、日本ほどバリエーションがないんだ。ビール、ソーセージ、芋、ザワークラウト……大体それで済ませてしまう」

「飽きないんですか?」

「見ている限り、誰も飽きないな。中には日本の多様性がありすぎる食事が、苦手な人もいるみたいだ」

 それは知らなかった価値観で、思わず感心して頷いた。

「へぇー……。私だったら、ワンパターンだったら根を上げちゃいそう」

「だろう? だから、俺は日本に来たかった。めまぐるしい変化が欲しい訳ではないが、日本にはまだまだ知らない文化が多くある。それをじっくり感じて、味わいながら、自分の好きなものを見つけていきたい」

「なら、私も付き合いますね。楽しそう。美味しい物を食べるの大好きだし、色んなものを見るのも好きです」

「ああ。二人であちこち行こう」

 考えるとワクワクし、自然と微笑んで料理を口にしていた。
 気がつけば、彼の前で肉料理を食べる事への恥ずかしさも薄れていた。

「美味そうに食べている姿を見ると気持ちいいな。可愛い」

「うっ……。あ、ありがとう……」

 食事を終えるとマティアスが会計してくれ、店を出て歩く事にした。





 代々木公園をブラリと歩いたあと、明治神宮に行った。

 先に本殿に参拝してから、入園料を払って御苑をゆっくりと歩いた。

「ここって菖蒲が一杯咲くみたいですね。何かで見ました。一度、香澄と兼六園に行った事があったんですが、あそこも菖蒲が綺麗でした」

「何だそれは。ずるいな」

「え?」

 ずるいと言われ、麻衣は目を瞬かせる。

「ケンロクエンって日本の三庭園の一つだろう? 俺はまだ一つも行ってない。カスミと行ったのか……ずるいな。俺もマイと庭園デートしたかった」

 顎に手をやって真面目な顔でブツブツ言うものだから、おかしくて笑ってしまう。

「これからなんぼでも一緒に行けるんでしょう? ケチケチしないでください」

「それはそうだが……」

 ハァ……と溜め息をつき、マティアスは庭園を写真に収める。

「私も撮ろうっと」

 先ほどから何かにつけて写真を撮っているのは、札幌の家族に見せるためだ。

 自分はいずれ東京に来る事になるのだろう。
 けれどその前に、両親にきちんと話さなければいけない。

 今までは一人暮らしをしていたとはいえ、車に乗ればすぐ会える距離に実家があった。
 これからはその家族と離れて生活する事になる。

 今回の東京行きだって、「香澄に会いに行ってくる」と観光で来た。

 なのにまさか運命の出会いがあり、結婚して東京に移り住む気になったなど、誰も考えていないだろう。
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