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第十九部・マティアスと麻衣 編

ダーリン

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「これから日本に住むとして、ドイツから離れる訳ですが、未練はありませんか?」

「問題ない。祖国は大切だし父の事も大切だ。だが祖国なくなる訳ではないし、電話を掛ければ父とはいつでも連絡をとれる。俺は自分の人生を生きるためにマイを選んだ。住み慣れた場所を離れてもいいと思うぐらい、俺は日本に魅力を感じているし、マイと一緒に過ごしていきたいと思っている」

「そう……ですか」

 気持ちを偽らないマティアスの言葉を聞き、麻衣は少し照れる。

「それはそうと、いつまでも他人行儀な話し方はやめないか? 初対面と言いたい気持ちは分かるが、一緒に生活し始めてもう数日になる」

「う……うん……」

 マティアスの親しみやすさに甘えて、時々口調が崩れてしまう事はあった。

 だがどうしても、「元からの友達じゃないんだから、馴れ馴れしくしたら駄目だ」と思い、〝ですます〟な話し方になっていた。

「俺の事はダーリンと呼んでくれ」

「無理」

 マティアスがまた、ホップステップを超えてジャンプしてくるので、麻衣は即座に切り捨てた。

「俺もマイの事をダーリンと呼ぶ。何ならもっとステディな言い方をしてもいい」

「やめてやめて! 日本ではやめて!」

 麻衣は節子が言っていた〝ネズミちゃん〟を思いだし、「私はそんなキャラじゃないから!」と全力で拒否する。

「どうしてだ、ダーリン」

「うわあああああ……!! 本気で呼び始めた!!」

「嫌がるな、ダーリン」

「ちょっ……、面白がってるでしょ!」

「そんな事はない。ダーリンも俺をダーリンと呼んでくれ」

「お互いダーリンじゃ混乱するでしょ!」

「だが人名ではないからダーリンA、ダーリンBとできない」

「数学か!」

「一緒に愛の公式を解こう」

「どっから仕入れたんですか! そういうの!」

 何でも素直に吸収するので、マティアスは変な言葉をしれっとして使ってくる。

(もう、仕方ないな)

 そう思いながら、麻衣は苦笑していた。



**



 TMタワーの近くまできたらサッと車を下りる予定なのだが、東京なので当然に人が大勢いる。

 黒塗りのクラウザー車が停まっただけでも注目を浴びるのに、そこから美麗な金髪双子が出てくれば、どこの映画俳優かモデルか……という騒ぎになる。

 それに車一台遅れて、やはりモデルのようなマティアスと、重量感のある自分が登場したのではやりきれない。

(うわぁ……。うっわぁ……。車から出たくねぇ……)

「どうした? マイ。下りるぞ」

 焦っているなか車が減速し、先の車からはもう双子が下りている。

 麻衣たちが乗っている車も停まり、マティアスがドアを開けて、下りる気配のない麻衣を見て怪訝な顔をしている。

「う、うああぁあああぁ…………」

 それでも車を運転している身としては、交通量の多い場所で路駐をしている迷惑さは分かるつもりだ。

(ええい!)

 マティアスが差し出してくれた手を無視して車から降りると、TMタワーの前に並んでいる女性たちが一気にこちらを見た。

(うわっ)

 自分の姿を見て戸惑っている彼女たちの視線を感じ、麻衣はモグラのように穴を掘って埋まりたくなる。

「ぅんぐぐぐぐ……」

 うなりながら麻衣は手招きをしている双子のもとに行き、絶対に顔を上げてなるものかと地面を見た。

「じゃあ、整理券もらおうか。あっちみたいだね」

 アロイスが看板を持ったスタッフを見て歩き、麻衣は顔を上げずにアロイスの踵を見つめて足を動かす。

 アロイスとクラウスは若い日本人女性のあとに並び、彼女たちと目があったのか、「ハーイ」とウィンクした。

 女性二人は双子の好意的な態度にミーハー心を刺激されたのか、振り返って話し掛けてきた。

「えー? 双子さんなんですか? 日本語話せます?」

「そーだよ」
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