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第十八部・麻衣と年越し 編

屈辱だ

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「信じてくれるか?」

 青い目で見つめられ、懇願するように言われてはもう否定できない。

「……うん……。……だから、もう、……いいですか」

 ゆっくり手を離すと、やっと解放してもらえた。

 マティアスは「すまなかった」と言い、自分の考えを口にする。

「思うに、マイは考えすぎだ。マイにはマイの人生があり、男に関するつらい経験があったかもしれない。だが俺は初対面だし、日本人じゃない。マイに何かしたかもしれない男と同じにしないでくれ。屈辱だ」

 屈辱だと言われ、ようやく自分がとても失礼な事を考えていたと気づいた。

 けれど、怖い。

「私の事、好きなんですか」と、モテる女のように聞くのが、思い上がっているようで恥ずかしい。

 否定された時の事を考えると、居たたまれなくなる。

「俺はマイが好きだ。触りたい。キスをしたい。抱きたい。セックスして、結婚して、子供がほしい。マイと家庭を築きたい」

 マティアスが甘く優しい言葉をくれる。

(……バカだな。ドイツ人って言葉で好意を表さないんでしょ)

 不器用な彼が、一生懸命日本人の自分に合わせてくれている。
 男性の好意を受け取れない自分に、必死に愛情をアピールしてくれている。

 そう思うと、なぜだか涙がこみ上げてきた。

「~~~~……っ、ちょ、ま……っ」

 泣き顔を見られるのは、弱さの証拠だ。

 泣いて男に言う事を聞かせる女になど、絶対なりたくない。

 いつも強くありたいと思っている麻衣は、とっさにマティアスから顔を逸らす。

 けれどグイッとマティアスに抱き寄せられ、彼の腕の中にすっぽりと包まれた。

「強がらなくていい。マイのすべてを見せてくれ」

 マティアスは麻衣を抱き締めたまま、壁にもたれ掛かった。

「……どうして泣いている?」

 優しく問われ、ずっと強がってきた心がほんの少し緩む。

「……っ、迷惑、掛けてるな、って」

「俺は迷惑に感じていない。どういうところを迷惑だと思う?」

 髪を撫でられ、額にキスをされて、また頭をいい子いい子と撫でられる。

「……す、素直じゃなくて……ごめん」

「今、素直に謝ってくれたから、十分素直だと思う。他は?」

 一つ答えたからか、マティアスはご褒美のようにもう一度額にキスをしてきた。

 その感触がとても柔らかくて優しくて、また涙が零れる。

「……日本では、私ぐらいの体型の女性って、『太ってる』とか『デブ』って言われて、からかわれたり、性の対象に見られてない」

「……その価値観は分からないが、マイが言うならそうなのか」

「ずっとからかわれていたから、合コンでも引き立て役とか、盛り上げ役だった。男の人には〝女性〟として扱われなかった」

「日本の男の目はフシアナだな。マイはこんなに魅力的なのに」

 マティアスの声が体越しに伝わり、心地よく染み入ってくる。

「ずっと『魅力がない』って思われていて、自分でもそう思っていた。だから、マティアスさんみたいに格好いい人に好意を示されても、すぐには信じられない」

「……俺は格好いい、だろうか?」

 マティアスがそんな事を言い、麻衣は驚いて彼を見る。

「自分の姿、鏡で見た事あります?」

「ある。……だが、ドイツではごく一般的な外見だ」

「……そうかもしれないけど……。日本では高身長で筋肉質で、こんなに美形なドイツ人がすぐ側にいたら、大体の女性は目がハートになると思うけど」

「悪気がないのは分かっているが、俺にとってその言葉は〝外見しか長所がない〟と言われているように思える」

「そっ! ……そんなつもり、まったくなかったけど……」

 あまりに意外な事を言われ、麻衣は目をまん丸に見開く。

「俺にとって外見的魅力とはその程度だ。だからマイが自分の外見に悩んでいても、あまり理解できない。俺はマイをバカにした日本人と違って、マイの外見をとやかく言う価値観を持っていない。だから俺を相手にしている時、外見で悩むのは無駄だと思う」

(……本当に外見にこだわってないんだな)

 改めてマティアスの価値観を聞かされ、呆気にとられる。

「……じゃあ、私のどういう所が好きなのか……聞いてもいい?」

「ビンタ」

「えっ!?」

 開口一番「ビンタ」と言われ、麻衣は引き気味にマティアスを見た。

「……いや、ビンタは結果か。マイがカスミのために、初対面の者にあれだけ怒る姿を見て感動した」

 そう言われて改めて、マティアスが香澄を傷つけた男なのだと思いだす。
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