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第十八部・麻衣と年越し 編

〝都心 ラブホテル ムードがいい〟

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「キス、慣れてるの?」

「……え? ……普通だ」

 マティアスは目を瞬かせる。

「〝普通〟が分からない。彼女は何年前までいた?」

 こんなふうに、元カノ事情を根掘り葉掘り聞くのは、本当に〝面倒臭い女〟だ。

 嫌で堪らないけれど、前に進むために尋ねた。

 彼ならきっと〝面倒な女〟と思わない。

 そう信じられたから聞けたのだと思う。

「……最後に付き合ったのは大学生頃か? それ以来、秘書業に就いてからは決まった相手はいない」

「うそぉ?」

 思わず漏れた声に、マティアスは真面目な表情で頷く。

「本当だ。仕事のストレスでそれどころではなかった。今は解放されて、ようやく恋愛を楽しもうという気持ちになれているが」

 マティアスが「恋愛を楽しむ」と言ってもいまいちピンとこないが、本人が言うならそうなのだろう。

「……じゃあ、その間、キスとか…………下世話だけど、性処理的な事は?」

「風俗に行った事はある。だがその内どうでも良くなった。自分の問題より復讐を果たす事に専念し、ムラムラした時は一人で処理した」

 恥ずかしがる事なく言われ、麻衣は困惑する。

「……彼女がほしいとか、イチャイチャしたいとか、……そう思う余裕がなかったの?」

「そうなるな」

 マティアスは傷ついた過去に苦しむでもなく、淡々と答える。

「……じゃあ、なんでこんなにキスがうまいの?」

 素直になるのはとても恥ずかしい。

 自分がひねくれていると自覚しているからこそ、マティアスに嫉妬している気持ちを詳細に伝えるのが恥ずかしかった。

「……うまい、か?」

 マティアスは目をぱちくりと瞬かせ、初めて言われたという顔をする。

「う……うん」

「気持ち良かったか?」

 言われて、彼の温かくぬめらかな舌で口内をまさぐられた時の、叫びたくなるような、どうにもならない感覚を思いだし、ブワッと体温が上がる。

「…………すごく」

 あまりの恥ずかしさに、内心「ちくしょう」と思いながら頷く。

「よしっ」

 恥ずかしくてムカつくほどなのに、マティアスはなぜか小さく拳を握って喜んでいる。

「何が『よし』なの!」

 べしっとマティアスの胸板を叩くと、彼は嬉しそうに笑いながら麻衣の手を掴み、その甲にキスをしてきた。

「マイ、もっとキスをしたら駄目か?」

 幸せそうな顔で尋ねられ、気圧される。

「……こ、ここは御劔さんの家だから、そういう事は駄目」

 そう言うと、マティアスは何か考えたのかタブレット端末を弄り始めた。

(なんだろ……)

 画面を覗き込むと、マティアスは検索エンジンに〝都心 ラブホテル ムードがいい〟と打ち込んでいる。

 麻衣は思わずシーツに突っ伏した。

(だあああああああああああ!! 嘘でしょ!?)

「ちょ、ちょっと、何調べてるんですか!」

「ここでは嫌なんだろう? ならホテルしかないじゃないか。俺も日本のラブホテルを体験してみたかった」

「そう簡単に行く所じゃないでしょう!」

 ラブホテルなど別次元の世界すぎて、旅行に行くよりハードルが高い。

「俺は行った事がない。二人で初体験してみないか? きっと楽しい」

 マティアスは気になったホテルの内装を、じっくり見ている。

「好きなホテルの雰囲気はあるか? ここはアジアンリゾートを意識しているらしい」

「だっ、だからラブホの事なんて知りませんったら!」

「だから二人で一緒に知ればいいだろう」

 マティアスはそう言ったあと、頬にチュッとキスをしてきた。

「んなぁっ!?」

「本番まで慣れよう。言っておくが、俺は日本人の男より日常的にキスをすると思う。アロクラに比べて面白みのない性格だと自覚しているが、マイを愛しく思う気持ちは隠したくない」

 これからも遠慮せずチュッチュすると言われ、麻衣は赤面したまま固まっている。

「ラブホテルに行くのは嫌か?」

「い……、……うぅ……。……う……。嫌……じゃ、ない……けど…………」

 絞り出すように言う麻衣に、マティアスは畳みかける。

「どうせ専門の場に行くなら、セックスしてみないか?」

「――――!」

(この男はあああああああああ!!)

 麻衣はボフンッと顔面をシーツに押しつけ、悶える。
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