上 下
1,181 / 1,550
第十八部・麻衣と年越し 編

質問いいですか?

しおりを挟む
「私は何回も聴いてるけど、御劔さんが聴いてないのって可哀想でない? ピアノのオーナーだし家主だし、いつかは聴かせてあげないと」

(麻衣ぃぃぃぃ……)

 ぐぅっと目力を込めても、親友は手を振ってケラケラ笑うのみだ。

「そんな顔してもダメー。今日は無理かもしれなくても、練習していつか聴かせてあげな? 御劔さんは上手いピアノじゃなくて、香澄のピアノが聴きたいんだから」

「麻衣さん、本当にいい事を言うな。札幌とこの家を四次元ドアが繋いでいればいいのに」

 自分の味方が現れたと思った佑は、調子のいい事を言う。

「じゃあ、香澄が十分練習したと思った頃に、発表会をするのはどうだ?」

「う、うー……」

「香澄? お礼をしたいんでしょ?」

 麻衣が佑を擁護し、香澄は「うーん……」と自分の今の力量を考える。

「……大した曲は弾けないけど、せめて一か月は……」

「よし、分かった。一か月後と言えば二月上旬か。全員集まるのは難しいかもしれないが、一応スケジュールを立てておこう」

(あああ……)

 頭を抱えたところで、佑が手を差しだした。

「戻ろう。みんな話したがってる」

「う、うん」

 中座して申し訳ないなと思いつつリビングに戻ると、「あ、戻ってきた」と双子が笑いかけてくる。

「外してすみません」

「いいのよ。祝儀袋を渡されて戸惑ってしまったのでしょう? この人ったら日本の祝儀袋を『綺麗だ』と言って気に入って、今回お年玉のために、わざわざ作らせたみたい」

 節子に、にこやかな笑顔で言われて香澄は曖昧に頷く。

「え、あ、……え、えぇ……」

 席を外した原因はアドラーだけではないが、あのやけに豪華な祝儀袋がオーダメイドだと知り、遅れて
驚いた。
 そのとき麻衣が挙手をし、節子に「質問いいですか?」と尋ねる。

「はい、どうぞ。麻衣さんで良かったわよね?」

 柔和な笑みを浮かべる節子に、麻衣はチラッとマティアスを気にしながら質問する。

「その……旦那さんの事をダーリンって呼ぶの、最初、照れませんでした?」

 節子は日本語ではアドラーの事を「あなた」と言っているが、たまにドイツ語が挟まる時はダーリンという意味の言葉を使っていた。

 麻衣はドイツ語が分からないながらも、香澄に二人の仲の良さを教えられていたからそう質問したのだろう。
 彼女の言葉を聞き、香澄は内心考える。

(マティアスさんとの将来的を考えてるのかな。結婚するとして、いつまでも〝マティアスさん〟とはいかないかもだしね)

 麻衣の質問にうんうんと頷いていると、節子が「ふふふ」と笑う。

「勿論、最初は恥ずかしかったわ。根っこは純日本人ですもの。ずっと昔の生まれだし、若い頃は、似た年齢の男性には必ず〝さん〟をつけて、愛称でなんて恥ずかしくて呼べなかったわ」

「馴れ初めを聞いてもいいですか?」

 麻衣はさらに質問する。

「私の実家は竹本っていう会社なのだけれど、海外の貴賓も招いて同業のパーティーが開かれたのよね。その時に、ドイツからクラウザー社の会長やファミリーが来たの。そのパーティーでこの人に話し掛けられたわ。英語は話せたし、たまたま興味があってドイツ語も習っていた事もあって、興味を持たれたの」

「凄いですね。幾つの時だったんです?」

「まだ……そうね、二十一歳くらいかしら」

 二十一歳にして英会話が堪能で、ドイツ語にも〝興味〟を持っていたと聞き、香澄も麻衣も舌を巻く。

「今の節子も美しいが、当時の彼女は光り輝くほどだった。本当に真珠のように上品で美しく、私は一目で恋に落ちた」

 アドラーが節子の手を握って微笑み、節子も幸せそうに笑う。

(いいなぁ……)

 その姿を見て、香澄はぽつんと心の中で呟く。

 佑にとても愛されている自覚はある。

 けれどもっと節子のように余裕を持って、佑の愛を受け止められるようになりたいと思った。
しおりを挟む
感想 556

あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~

けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。 秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。 グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。 初恋こじらせオフィスラブ

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

処理中です...