上 下
1,180 / 1,548
第十八部・麻衣と年越し 編

ピアノ、弾いてくれないか?

しおりを挟む
「そっか……。麻衣に話を聞いてもらうと安心するなぁ」

「そ? なら良かった」

 二人で「ふふ」と微笑み合った時、リビングから佑が出てきた。

「あ」

 そちらを向くと、彼は申し訳なさそうな表情で香澄の顔を覗き込む。

「圧が強かったか?」

「あ、いや! そうじゃないの」

 言ったあと、〝圧が強い〟と言えばその通りで、思わず麻衣と一緒に笑ってしまう。

「何か引っかかった事はあるか?」

 それでも佑は本気で心配してくれているようで、香澄は「ううん」と首を振る。

「沢山お年玉頂いてしまって、どうやって感謝の気持ちを伝えたらいいか、相談してたの」

「あぁ……なるほど。そっちか」

 言われて初めて納得するあたり、佑は高額なお年玉をあげた自覚がないようだ。

「何かできないかな? って思うんだけど、うーん……」

 息をつく香澄を見て、佑はいい事をひらめいたという顔をした。

「提案なんだけど」

「え?」

 何かいいアイデアでも……と期待を込めて佑を見たが、彼は悪い顔をしている。

(何か……やな予感するな)

 佑が異様なまでにニコニコしている時、望まない事を勧められる場合が多い。

「ピアノ、弾いてくれないか?」

「えっ!?」

 今まで触れないようにしていた話題を出され、香澄は目をまん丸にする。

「なっ、頼む! 俺も一回香澄のピアノを聴きたいと思っていたんだ」

「むっ、無理! うん万円ものお礼になれる演奏はできない!」

 第一にして、ピアノを習っていたのは学生時代までだ。

 今も教室に通っているならまだしも、昔取った杵柄がいつまでも通用するはずがない。

 そもそも、ピアノというのは毎日練習してなんぼの世界だ。

 香澄が弾けていたのはベートーヴェンのピアノソナタ、ショパン24の練習曲、ショパン即興曲、ショパンポロネーズあたりだ。

 それに対し、佑たちが時折コンサートホールに聴きに行くピアニストたちが弾いている曲は、もっともっと上のレベルの曲だ。

 香澄だってリストの難易度SSSと言われる『マゼッパ』にはもちろん憧れる。

『ラ・カンパネラ』や『愛の夢』だって、聴くのは大好きで佑が集めた色んな弾き手のCDを聴き比べるぐらいには好きだ。

 だが〝好き〟と〝できる〟は違う。

 中学生の時にピアノの発表会で弾いたショパンの『幻想即興曲』だって、あの時は若さゆえに吸収が良かったのだと思っている。

 今、指を動かすのはキーボードをタイピングするためで、ピアノを弾ける手ではない。

 時々、気分転換に一階の音楽室にある、うん千万円のピアノを奏でる時はある。

 だが誰もが弾きたがる高級ピアノなのに、学生の習い事程度の演奏しかできないのが恥ずかしくて、一度も佑に聴かせた事がなかった。

 佑があまりにせがむので「いつかは……」とは思っていたものの、いきなり耳の肥えた大勢の前ではハードルが高すぎる。

「お願いします! それだけは無理! 許して!」

 香澄は逆に玄関ホールの床にぺたんと座り込み、佑に手を合わせて頭を下げ、なむなむと拝む。

「……そんな事しなくていいから」

 佑は香澄を立たせ、「冷えるから駄目だよ」と言い聞かせる。

「……そんなに嫌なら無理強いはしないけど……」

「嫌……とかじゃなくて、恥ずかしくて……」

 もう一度椅子に座った香澄はぽつんと呟く。

「だって皆さん、世界に名だたる演奏家の曲ばかり聴いて、耳が肥えているでしょう? 私のピアノなんて、学生の習い事レベルでろくに練習してないし」

「そんな事、気にしないと思うけどな。みんな香澄の事をプロの演奏家とは思っていないし」

「それはそうだけど……」

「だからといって、私と二人で漫才するのもキツイでしょ」

 麻衣が突然ぶっこんできて、香澄はぶふっと噴きだす。

「麻衣と漫才なんてした事ないじゃない。それこそ無理無理」

「じゃあ、ピアノぐらい何とかなるんじゃない?」

 にっこり笑った麻衣は〝あちら側〟に加担している。

「!!」

 クワッと目を見開いた香澄の前で、麻衣は意地悪そうにニヤニヤしていた。

「だ、だって……練習してない……」

「練習したらOKって事?」

「!」

(麻~衣~……!)

 目を見開いたまま麻衣をガンッと睨むが、親友はどこ吹く風だ。
しおりを挟む
感想 555

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ナイトプールで熱い夜

狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…? この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

処理中です...