上 下
1,160 / 1,544
第十八部・麻衣と年越し 編

一歩踏み出さないと

しおりを挟む
 彼が今までどう過ごしてきたかは分からないが、今は〝解放〟されて自由を謳歌している。

 そんな彼が日本を好み、来日してくれたのは、日本人としてとても嬉しい。

(出会えて……。良かったな)

 同時にそう思う。

 どれだけつらい目に遭ったか分からないが、ゆっくりしたいならそうしてほしい。

 麻衣は自分の財力を、「あまり募金するお金がない〝普通〟レベル」と思っている。

 募金したい気持ちはあるが、数百円ならともかく、千円以上となると「ちょっといいランチが食べられるんじゃ」と思ってしまう。

 桁外れのお金を持っているマティアスなら、信じられない額の寄付をするのだろう。

 彼は本当に〝良い事〟に金を使い、誰かの役に立ちたいと願っている。

(きっと、つらい思いをしたからこそ、他の人を思えるのかな)

 そう思える彼を素直に尊敬した。

(そんな人の隣に立っていいのかな……)

 溜め息をついた時、廊下の向こうでアロイスのわざとらしい声が聞こえた。

「あー、クラ、風呂上がった? 遅かったね。ちょっと下で飲まない? タスクのワイン飲んでやろうぜ」

「おー、いいね! 飲む飲む!」

 大きめの声に麻衣はビクッとし、必死に自分を落ち着かせる。

(そう言えばいたんだった……)

 アロイスが協力してくれると言ったのを、今さら思いだす。

 二人が階段を下りていく音がし、話し声が小さくなったところで、静かに息をつく。

「マイは札幌のどこに住んでいる?」

 話題を変えられ、とりあえず答える。

「中央区です。中央区って言ってもピンキリですけど、駅に近くて通勤しやすい場所ですね」

 今はまだ、どんな仲になるか分からないので、詳しい場所はぼかしておく。

「提案したい。マイが札幌に戻る時、俺も一緒に行きたい。ホテルを予約して数週間留まって札幌の物件を見たいと思う。仕事帰りや週末に一緒に見ないか?」

 また彼が段階をすっ飛ばしたので、麻衣は突っ込みを入れる。

「ちょ!? いきなりマンション買うつもりですか!? 一緒に住むとか言いませんよね!?」

「勿論、同棲したいと思っている」

 マティアスはまったく動揺せず答える。

 彼に会った時からずっと感じていたが、話している時にジッと目を見る癖や、姿勢がいいところや全体のイメージから、「シェパードみたい」と思っていた。

 まじめな顔で麻衣が命令を下すのを待っているシェパードが、コワモテの顔はそのままに、尻尾をバサバサ振っている。……気がする。

「うまくいかなかった場合とか、考えてないんですか?」

(この人、リアリストかと思えば、物凄いロマンチストかもしれない)

 麻衣は半分呆れながら言う。

「私たち、お互いの事をよく知りません。デートの一回もしていないです。親の了承も得ていません」

「俺は運命を感じた。デートならこれからすればいいし、お互いを知っていけばいい。それには一緒に過ごす時間が大切だ。日本的な結婚の許しならともかく、同棲するのに親の許可が必要な子供ではないだろう」

「う……」

〝運命〟と、少女漫画のような言葉を言われ、ボボッと顔が熱くなる。

 それに後半についても彼の言うとおりだ。

「俺たちの間には、法的な問題が多くある。それをクリアしなければいけないのに、感情論でまごついていては、何も始まらない」

 もっともな事を言われ、麻衣は言葉に詰まった。

(確かに……言う通りだ)

「行動して、駄目だったらそこで考えよう。何が悪かったのか原因を突き止め、もう一度トライする。『失敗するかも』を恐れていては、前に進めない。マンションは俺の金で買うし、マイが責任を被る事は一切ない」

(本気でマンションを買うのかもしれない。そこまで本気に思ってくれているのに、中途半端な事を考えていたら失礼だ。いつまでも『自分なんか……』って思わないで、信じて受け入れる覚悟を持たないと)

 自分のような女に、こんな極上のイケメンが迫っている状況をまだ理解できない。

 しかも相手はとんでもない資産家だ。

 彼がその気になれば、金髪碧眼の美女でもラテン系のセクシーな美女でも、よりどりみどりなのにどうして自分なのか。

(……でも、〝運命〟って言ってくれた。あとから『冗談だった』なんて言われたら怖いけど、……でも、一歩踏み出さないと)

 とても怖いと思いながら、麻衣は心の中で一歩前に進む。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

若妻シリーズ

笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。 気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。 乳首責め/クリ責め/潮吹き ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/SplitShire様

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

処理中です...