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第十八部・麻衣と年越し 編

はぁあ……?

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「マティアスさんが引っ越したいのは自由です。でも札幌でいいんですか? 自分の故郷を悪く言うつもりはありませんが、東京のほうが稼ぎがいいと思います。もっと言えば海外のほうが稼げると思います」

「どれだけ金があっても、マイがいないなら意味がないだろう」

 キョトンとされ、麻衣はうろたえる。

「だ、だって……まずお金や生活のほうが大事でしょう?」

 動揺しつつも「これだけは譲れない」と言い返す。

 どれだけ好き合っていても、お金がなかったらいずれ憎み合うようになるかもしれない。

「愛があれば貧しくてもいい」と思えるほど、自分は清らかではない。

 今は社会人として働き、少しずつ貯金しながら好きに生活している。

 結婚にある程度の願望は抱くが、香澄のようにとんでもないお金持ちに見初められたいなど思っていない。

 だが最低限、今ぐらいの生活水準は守りたい。

 彼にどれぐらいの貯金があり、働くのにどんなスキルがあるか分からないが、札幌に外国人が引っ越してきて就ける仕事では、あまりいい給料がもらえないのでは……と思った。

 そう主張する麻衣の前で、マティアスは黙ってスマホを取りだす。
 そしてポンポンと液晶をタップすると、画面を見せてきた。

「え……?」

 画面にあるのは口座の預金額だ。

(一、十……)

「見てしまうのは失礼」と自制する前に、つい桁を確認してしまった。

「よっ……、四千万!?」

 思わず声を上げると、マティアスが淡々と言う。

「これはドルの口座だ。恐らく日本円に換算したら五十億円は超えている」

「はぁ!?」

 これ以上ないぐらい、大きな声が出た。

 目をまん丸にしてもう一度スマホの画面を見て、「はぁあ……?」と首を傾げながら声を出す。

「使うあてのない金だったが、これならマイと一緒に住む大きめの家を買えると思う。老後の資金も問題ないだろう」

「はぁあ……?」

 まだ、人間の言葉が出ない。

「説明すると、元手となる金は宝くじだ。死のうかと思っていた時、自分の人生にどれだけ運が残されているか確認するために、宝くじを買った。一ユーロでも当たれば生きようと思っていたら、一等が当たった。それが日本円にして四十億近くの金だったと思う。そのあとは何が何でも生き抜いて、幸せになって死んでやると誓った。働く傍ら、長期投資をベースに、短期では株式やFX、仮想通貨でさらに金を膨らませた。もともと投資をしていたが、金を増やす才能はあったらしい。気がついたらこの額になっていた」

 麻衣はとうとう無言になり、口をキュッとすぼめたまま目をまん丸にして壁を凝視している。

(類友だ……。やっぱり御劔さんの周りにはお金持ちしか集まらない……)

 あまりに金額が大きくなると、実際にどれぐらいの物が買えるのかすら想像がつかない。

(三十万円ぐらいのヨーロッパのツアー旅行、何回行けるんだろう)

 そう考えたが、割り算するにもゼロが多すぎて頭がついていかない。

 興味のあるもののなかで、最も高額と思えるのが海外旅行だ。
 宝石やハイブランドは基本的に興味がないので、ジュエリーやハイブランドの服が幾らするのかも分からない。

 なので最も高いもので計算してみようと思ったが、それにすら失敗した始末である。

「まだ不安があるなら、これからもっと増やす努力をするから、時間をくれ」

「そうじゃなくて!」

 麻衣はハッと我に返り、思いきり彼に突っ込みを入れる。

「……そんなにお金を持っていると思いませんでした。着ている物やバッグとかもシンプルなので、分かりづらかったというか……」

「服やバッグなど、丈夫に使えれば問題ないだろう。アロクラはファッション関係の仕事についているから、きらびやかなだけだ。それにあまり派手な外見をしていると、金を持っていると思われて襲われる」

「あぁ……、はぁ……」

 自分とはまったく価値観の違う彼に、麻衣は生返事をする。

「そんなにお金を持って、どう生きるつもりだったんですか?」

 恐らく「死のうかと思っていた時」というのは、例の性悪女のもとでこき使われていた頃だろう。

 今はそれから脱したとして、彼が何を望んでいるのか知りたかった。

「もう、苦痛を味わいながら働くのは嫌だと思った。父も呪縛から抜け、穏やかに過ごせている。俺に足りないのは愛する女性と温かな家庭だ。マイが望む所で穏やかに暮らし、何不自由せずのんびり暮らしたい。さらに金を増やしながら定期的に寄付をして、継続して誰かを助けたいと思っている」

 その言葉を聞いて、何とも言えない気持ちになった。

(この人は、あまりに〝普通〟じゃない人生を送ってきたんだな)

「結婚したい」「幸せな家庭を築きたい」は、多くの人が持つ望みだ。

 だがマティアスほど、普通の望みを渇望している人はいないのでは、と感じた。
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