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第十八部・麻衣と年越し 編

彼は無職

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(あっ、麻衣~!)

 すると、それまで黙ってジャスミン茶を飲んでいたマティアスが口を開いた。

「先日から札幌の飲食店を検索していたが、なかなか美味い物が揃ってそうだな。特に寿司などの海鮮は美味そうだ。マイ、今度札幌に行ったら一緒に食事をしよう」

 双子からの誘いをかわしたはずなのに、、今度はマティアスがグイグイ迫ってきて、麻衣は怖じ気づく。

「だってマティアスさん、仕事とかあるんでしょう? 遊びに来るって言っても……」

「大丈夫だ。今は無職だから、自由にマイと遊べる」

「「ぶふぉっ」」

 堂々と無職だと言うマティアスに、双子がお茶を噴く。

「えぇ? マティアスさん、いま無職なんですか?」

「ちょ、ちょっと麻衣……」

 香澄はツンツンと肘で麻衣をつつき、窘める。

「資産はあるし、配当金もあるから問題ない。前は秘書業をしていたが、理由があって退職した」

「あ……」

 麻衣は彼が悪女のもとで働いていたと思いだしてハッとする。

「気にするな。前職の事はもうすべて清算がついている」

 麻衣は一口お茶を飲み、フーッ……と息をつき、話題を変える。

「日本に住むつもりなんですか?」

「ああ。前からドイツを出て、別の国に住もうと思っていた。前職のボス関係で恨まれているから、とも言える。関係者は制裁を受けているとは言え、俺を恨んでいる者は多くいるだろう。恨まれているからと言って、気まずく思う気持ちはないが」

(マティアスさん、相変わらずマイペースでハートが強いな……)

 香澄はちびちびとお茶を飲み、二人の会話を聞く。

「国にはこき使われた父がいる。だが今は父もクラウザー家の世話になり、心の平和と健康を取り戻している。最近は『仕事が楽しい』と言っていて安心している。母は病死して、ずっと父子家庭だった。だが父は前向きになった事で、最近いい人と出会えたと言っていた。だから俺は気兼ねなくドイツから離れたいと思っている。父は父の幸せがあり、俺には俺の幸せがある」

 大人びた考えをするマティアスの言葉を聞き、麻衣は感心したようだった。

「それで、日本なんですか?」

「昔からフラウ・セツコと関わっていて、日本に憧れていた。社会人になって仕事やプライベートで日本に来るようになって、日本人や文化、食をもっと好きになった。個人的に日本食は世界で一番美味いと思っている。地震を体験した時は驚いたが、日本人は慣れている上に、建物の耐震構造もしっかりしている。治安もいいし、日本に住むのはアリだと思っている」

 そこで香澄は、麻衣にマティアスを推そうと思って助太刀する。

「マティアスさん、とっても頭がいいんだよ。ちょっと前まで日本語話せなかったんだけど、短期間であっという間にペラペラになっちゃったの」

「へぇぇー!」

 語学習得は難しいイメージしかないので、麻衣は感心して声を上げた。

「それにとっても強いんだよ。色んな能力が高いから、どこでも働けるんじゃないかなって思う」

「ふぅーん」

 マティアスの印象が〝無職〟だとあまりに酷いので、香澄は懸命に援護をする。

 そこでアロイスが口を挟んだ。

「ぶっちゃけ、ドイツで金持ち女の秘書をやるのに比べると、日本の企業で一からサラリーマンをやったらグンと収入減ると思うけどね」

「あー、確かに日本企業ってお給料が安いって言いますよね」

 茶化しではなく冷静な分析だと思い、香澄は頷く。

「日本人の給料は新興国に比べると高いけど、先進国の中では低いよね。日本って個人の能力より、チームの力や和を重んじるでしょ? その結果、終身雇用や安定した雇用を理想とされてる」

 アロイスのあと、クラウスが続ける。

「日本は年収五百万で終身雇用する社会。海外は年収一千万だけど、成績次第では一年しか雇用しない事もある社会だね」

 その説明を聞き、麻衣が声を上げる。

「はぁー……。なるほど。どれだけ働いても大して給料上がらないワケだ。まぁ、でも安定してるのはいい事なのかなぁ」

 麻衣は溜め息をつき、お茶をグイッと呷る。
 と、アロイスが尋ねてきた。

「マイって何の仕事してんの?」

「食品を扱う会社の事務をやってます。小さい会社なので、雑務担当って言っていいですけど」

「語学研修を受けたあと、僕らのアシスタントとして雇ってもいいよ? もちろん、実力主義。その代わり、給料はとても高いよ」

 クラウスがニヤッと笑い、試すような目で麻衣を見つめる。
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