上 下
1,139 / 1,536
第十八部・麻衣と年越し 編

食べたい物

しおりを挟む
 誰かが「キャー!」と悲鳴を上げれば、収集がつかなくなってしまうかもしれない。

 テレビ番組で『もし有名人が○○にお忍びで行ったら……?』という企画があった。

 最後にネタバレする前提での企画だが、大好きな芸能人だと分かった時の熱量は凄かった。

 しかも番組の場合は、ネタバレした時に周囲にスタッフがいて、騒ぎにならないよう気を遣った上でだろう。

 佑はメディアに顔を出しているものの、経営者だ。

「私は芸能人ではなく、経営者で一般人の部類に入ります」と主張しているからこそ、「もしかしたら自分でもワンチャンあるのでは……」と思う女性がいるのが厄介だ。

 本社には毎日、佑宛てのラブレターや贈り物が届いている。

 総務では、佑が読んでも大丈夫な手紙のみを読んでもらうように仕分けている。

 同時に差し支えのないプレゼントも、渡していた。

 だが、熱の籠もりすぎたラブレターや、ネガティブな手紙、意図不明な贈り物や、手作りの食べ物は彼のもとには届かない。

 業者経由で届いた食べ物については、秘書課で美味しく頂いている。

 その前にそもそも、「食べ物や大きすぎる贈り物はご遠慮しています」とは明記しているのだが。

 佑は「気持ちは受け取りたいけど」と言うものの、万が一があってはいけない。

 贈り物があった際は、佑が考えた文面をプリントした物とポストカードを茶封筒に入れて、感謝の言葉としている。

 それほど人気がある佑が、突然原宿や渋谷に降臨したとなれば、凄い騒ぎになるのは目に見えている。

 双子もこう言っていた。

『僕らにもファンはいるけど、たまに頭打ったんじゃないかっていう強烈なのがいる。そういうのはファンを通り越して害にしかならないから、近付かないのが一番』

 香澄と麻衣が行き先について相談し、佑たちの事も考えて……と悩んでいると、彼が申し訳なさそうに言ってきた。

「すまない。もし俺が邪魔なら、護衛だけ連れて好きな場所に遊びに行ってほしい」

 それに、フレーバーティーを飲んだ麻衣が「いいえ」と首を振る。

「御劔さんがいてもいなくても、特に行かなくても大丈夫なんです。イメージですけど、ファッションビルが多いんでしょう? 特に興味ありませんし、流行りの食べ物が食べたいって言っても、一周回って何だか分からなくなりましたし」

 そう言った麻衣に、香澄は考えつつ言う。

「東京って流行り物ができると、ドバーン! と色んな所にお店が増えるから、狙ってどこかに行かなくても、とりあえずは食べられると思う。私、あんまり流行に敏感じゃないんだけど、よく見るのなら、カヌレとかマリトッツォとか、……食べたい?」

 言われて、麻衣は少し考えたあと首を傾げる。

「興味がなくて食べた事がないんだけど、……あんまり……かも」

「でしょ? 麻衣ならそう言うと思ってた。麻衣の好きなスイーツじゃないなぁ、って」

 香澄は麻衣と長い付き合いなので、彼女の食の好みを熟知している。

 というか、食の好みも似ているのでディープな親友になれたと言っていい。

「麻衣って、プリンとかケーキが好きでしょ? で、生クリームが多いのはあんまり得意じゃない……。美味しい生クリームは食べるけど、そうじゃないのは量があるとキツいタイプ」

「うん、それ」

「で、柔らかめの食感が好きだから、カヌレもあんまりかな……と思って」

「そうなんだよねぇ」

 二人の話を、マティアスは注意深く聞いている。

「バナナジュースは好物でしょ? あと、ふわとろパンケーキより、昔ながらのホットケーキが好き。生クリームたっぷりは、あんまり」

「それ!」

 麻衣はケラケラ笑う。
 テレビで生クリームがたっぷりかかったパンケーキを放送していて、麻衣とメッセージで「これ凄いね!」と連絡を取り合っていたのだ。

「じゃあ、バナナジュースと良さそうなパンケーキかホットケーキを食べたい」

「うん、そうしよう。きっと家の周りでも美味しいお店はあると思うから、あとから探してみよっか。特にお店のこだわりもないでしょ?」

「うん、ない。『東京で何か美味しい物が食べられたらいいや』っていうぐらいだから」

「OK!」

 話が纏まったあと、マティアスが尋ねてきた。

「マイは、他にしたい事はないのか?」

 彼に話しかけられ、麻衣は一瞬目を泳がせ、それから質問に答える。

「一番の目的は香澄に会って、一緒に年越しする事です。美味しい物も食べられたし、観光名所にも行けて、もうほとんど満足してますけど……。まぁ、いつか香澄とファンタジーランドに行きたいなとは思っていますが、それは今回じゃありません」

 千葉にある有名なテーマパークの名前を出し、麻衣は香澄に「ねー」と同意を求める。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
身長172センチ。 高身長であること以外はいたって平凡なアラサーOLの佐伯花音。 婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。 名前からしてもっと可愛らしい人かと…ってどういうこと? そんな人こっちから願い下げ。 −−−でもだからってこんなハイスペ男子も求めてないっ!! イケメン副社長に振り回される毎日…気が付いたときには既に副社長の手の内にいた。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※完結済み、手直ししながら随時upしていきます ※サムネにAI生成画像を使用しています

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

処理中です...