上 下
1,058 / 1,548
第十六部・クリスマス 編

第十六部・終章 ランチ食べた?

しおりを挟む
「じゃあ、傷口を見ますね」

「はい」

 香澄はうつ伏せになったまま、医師が肘の下を診やすいように、腕をぴったりと体につけた。

「もうちょっとリラックスしていいですからね」

「あ、は……はい……」

 けれど少し笑い混じりに言われ、慌てて体から力を抜く。

「今日は診断書を書くという目的でいいでしょうか?」

「はい。どうも……その。人に切られてしまったようなので、社長が起訴すると言って……その。……お願いします」

 起訴するとか被害届を出すとか、気が引けてしまう。
 それでも大人として、社会人として、こういう時に泣き寝入りをするのはいけないと理解しているつもりだ。

「分かりました。作成までに少し時間がかかりますから、ご自宅に郵送か、取りに来て頂く事になりますが、どちらがいいですか?」

「じゃあ郵送でお願いします」

「分かりました。後日、郵送の切手代のお支払いをお願いします」

 その後、診察は十分も経たずに終わり、香澄は「ありがとうございました」と言って診察室を出た。

「赤松さん、クラウザー様は一階の総合会計前にいらっしゃるようです」

「分かりました」

(目立つだろうなぁ……)

 香澄はコートを着て「失礼しました」と特別診察室を出る。

 エスカレーターで階下に下りながら総合会計の椅子を見下ろし、目立つ金髪二人組がいるか目を懲らす。

「あ、いた」

 三人は椅子に座っておらず、立っていた。
 加えて、患者とおぼしき老婦人と話し込み、楽しそうだ。

 香澄は一階に下りたあと、ファイルを会計に出して三人のほうへ向かった。

「すみません、来て頂いて」

「あー、カスミ。終わったの? この子サチコちゃんだって。キャンディくれたよ」

 クラウスが老婦人の事を「サチコちゃん」と言い、飴の包み紙をヒラヒラさせる。

「あら~、あなたがカスミさん? さすがイケメンをはべらせる可愛子ちゃんねぇ。はい、飴ちゃん」

 サチコ――老婦人は香澄にも飴をくれ、久住と佐野にも「はい」と手渡す。

「ありがとうございます」

 香澄は礼を言い、ぱくんと飴を口に入れた。

「じゃあ、待ち人も来たし私はそろそろ。お嬢さんもお大事にね」

「はい」

 幸子は会釈をしてゆっくり出入り口に向かい、香澄は会釈をしつつ口の中でコロコロと飴を転がす。

「何を話してたんですか?」

「んー? 別に? 『カッコイイわね』とか『背が高いわね』とか、そういう話」

「なるほど」

「カスミはランチ食べた? イベントって十二時までだったろ?」

「あ、まだなんです」

 言われて、「そう言えばお腹が空いたな……」と急に空腹を覚える。

「じゃあさ、僕たちと一緒にランチ食べてから帰ろうか。和食、洋食、中華、イタリアン、アジアン、なんでも付き合うよ」

「はい、ありがとうございます」

「カスミは何が食べたい?」

「えーと……。夜は多分お肉がメインなので……。軽めがいいですね。高級なお料理は特にいいので、お蕎麦とかうどんでサラッと」

「え~? マジで?」

 とたんに双子がやる気のない顔になり、香澄は笑う。

「もう。お二人とも、お金をかければいいってもんじゃないんですよ。麺類はめっちゃ奥が深いので、お二人とも蕎麦・うどん道に嵌まればいいですよ」

「マジ? 奥深いの?」

「ですよ。お蕎麦なら蕎麦粉の産地や打ち方とか、詳しくは分かりませんけど、十割とか色々あって、通がいるんですから。うどんだって本場に行ったら、きっとぶっとんじゃうほど美味しいうどんがあると思います」

 人に「嵌まればいい」と言っておきながら、香澄は本場のうどんを食べた事がない。
 そのくせ偉そうに言うので、双子が笑いだした。

「OK。じゃあ、この辺から帰り道にあるソバかウドン、店を探しておこっか」

「はい」

「ハイヤー捕まえておくけど、マティアスはクズミたちともう一台に乗ってね。僕ら、カスミをサンドイッチして乗りたいから」

「承知した」

 車内で双子にからかわれる事を想像し、香澄は「あああ……」と頭を抱えた。





 そのあと病院の会計を終え、近くにある蕎麦屋に行った。

 和風の建物は雰囲気があり、坪庭を囲むように席があって趣がある。
 夜は居酒屋になっているようで、日本酒やアテになるメニューも書かれてあった。

 お腹が空いていたので、香澄は親子丼と蕎麦のセットにした。

 久住と佐野も双子にご馳走になり、彼らの護衛と一緒に近くの席に座っていた。

 満たされたあと、ハイヤーを店まで呼び、御劔邸に帰宅した。



 第十三部・完
しおりを挟む
感想 555

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ナイトプールで熱い夜

狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…? この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

処理中です...