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第十六部・クリスマス 編

キミカワイイネ

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『OK! マティアス、聞こえるか? 出入り口付近に行け。相手は女。年齢は……』

『多分二十代半ばから後半。カスミと同じぐらい。っあー! アジア人の年齢ってホントに分かんねぇ』

 グシャグシャッと髪を掻き回すクラウスの文句は無視し、アロイスはマティアスにそのまま伝える。

『服装は黒いコート。髪はグレージュ。黒縁眼鏡掛けて帽子を被ってるけど、髪が出てないから多分纏められるぐらいのロングヘア』

 アロイスはクラウスの口元にスマホを近付け、マティアスに直接伝えさせる。

《待ってくれ。今エスカレーターを下りてる》

『女はもう人混みを抜けようとしてる。全身見えた! 下半身は暗めのデニムパンツに黒いショートブーツ!』

 バルコニーの手すりを指で叩き、クラウスはイライラした様子でマティアスに告げる。

《いま一階に着いた》

『走れ! 女は早足で出入り口に向かってる。捕まえても不審者に思われるやり方はするなよ? お前、顔はいいんだからナンパしろ。軽い男のフリしとけ』

《了解した》

 双子はもう中継する内容もなく階下を見る。
 すると、マティアスがホールの隅を走っていく姿が見えた。

 それを見送り、アロイスが弟に話しかけた。

『俺はマティアスを追う。クラはここでカスミを見張ってて。何かあったら俺の事もリモコンして』

『了解』

 アロイスは荷物やクラウスを護衛に任せ、自分の護衛をつれて階下に向かった。

 双子がまずマティアスを向かわせたのは、自分たちより足が速くて日本語が話せるからだ。
 護衛が女を捕まえたとしても、話が通じないのでは不審がられて終わりだ。

 残されたクラウスは単眼鏡を覗きながら、溜め息をついて髪を掻き上げた。

『ったく、ホントに巻き込まれ体質だな。……ミサトもこうなるのかな』

 呟いて、忘れていたコーヒーを飲み干し、空になった紙コップを護衛に渡した。



**



「ちょっと待ってくれないか?」

 マティアスは指示通りの女性を見つけ、彼女の肩を叩いた。
 女性はビクッとしてマティアスを振り返る。

「…………。キミカワイイネ」

 マティアスは生まれてこのかたナンパなどした事がないので、一瞬固まってから片言で言う。

「……はぁ?」

 女性は当然困惑し、マティアスは内心「しまった。もっと自然にしないと」と反省する。

「さっき君を見かけて、可愛いなと思った。良かったら少し一緒にお茶を飲まないか?」

 そう言ってマティアスは、表情筋を総動員させてニコッと笑った。

「い、いま急いでいるんですけど……」

 スラリと長身の女性は、あからさまにマティアスを怪しんでいる。

「どうして? 俺とデートはしたくない?」

 マティアスは、普段の彼を知る者なら驚いて目が点になるか、爆笑されそうな演技で軽薄な男を演じる。
 女性は話し掛けられながらも歩き続けていたが、マティアスはその手を強引に握った。

「えっ?」

 彼女の手を握り、マティアスはお姫様にするように手の甲にキスをした。

「手が冷たいよ。どこかで暖まらないと」

 マティアスはかなり格好いい部類の男性だ。

 顔立ちは整っているし、背が高い上にスタイルもいい。着ている物は高級で、一目で金持ちの男性だと分かる。

 清潔感のある美形は、信頼感を与えやすい。
 それが魅力的に微笑めば、八割ぐらいの女性はドキッとするだろう。

 女性がポーッとしている時、アロイスが追いついた。

 が、思いとどまったのか、二人の数メートル後方で立ち止まる。
 そしてスマホを弄るふりをして様子を見守った。

 マティアスはアロイスを確認しつつ、さらに話しかける。

「そこのカフェに入らないか? ご馳走するよ」

「……す、少しぐらいならいいですけど……」

 女性はまんざらでもない顔で返事をする。

 むしろ、ナンパされた女性を演じてカフェに入れば、雑踏に紛れられると思ったのかもしれない。

 女性も、マティアスを利用しようとしたのだ。

「じゃあ行こうか。君みたいな可愛い子と話せて、俺は幸せ者だ」

 マティアスの頭の中に口説き文句のレパートリーはない。

 その代わり、過去に双子が女性を口説いていたセリフを再現していた。
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