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第十六部・クリスマス 編
香澄が望む綺麗な世界はないんだ
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「警備室ですか。御劔です。今日のクリスマスイベントの菓子が配られた頃――十四時前ぐらいの正面ホールの監視カメラを確認してください。秘書の赤松が何者かに刃物で切りつけられました。証拠画像の準備ができ次第、警察に連絡します」
予想していた一番悪い方向に事態が流れ、香澄は顔をしかめて溜め息をつく。
佑はそのあと二、三警備員に向かって言伝たあと、電話を切った。
「……香澄。何を考えている?」
「……だってそんなの……。警察とか……」
俯いている香澄の手を、佑がギュッと握ってくる。
「傷害事件を起こされたのに、犯人を庇うのか? 見ず知らずの犯罪者を庇う理由はどこにある?」
「――――そんな、…………言い方」
唇を噛んで佑を反抗的に見たが、彼は悲しそうな顔をして首を横に振る。
「そうじゃないだろう? 香澄。――――おいで」
佑は座る場所を香澄の隣に移し、ギュッと体を抱き締めてきた。
「……怖かっただろう。すまない。どんな理由があっても、香澄は俺の側に配置しておくべきだった」
髪を撫でられ、肩や二の腕をさすられ、労るような佑の声が耳の奥に染み入ってくる。
「……ちが、う、――の。……私が、お菓子配り隊が人手が足りなさそうで、だったらやりますって言って」
「働き者なのはいいけど、それは秘書の仕事じゃないよ。あの仕事は他の社員が担当すべきだった。――現場責任者に任せて、人員を確認しなかった俺が悪かったけど」
額に唇を押し当てられ、トン、トンと背中をさすられる。
「香澄は怖かったはずだ。自分の気持ちにむりやり蓋をしなくていい。前もそうやって我慢し続けて、パンクしてしまっただろう? 理性的でありたいと思って、常にしっかりしている必要はないんだ。今は俺が側にいる。怖かったなら『怖かった』って言っていいんだよ。誰も香澄を責めない。香澄は被害者なんだ」
ドクン、ドクン……と鼓動が少しずつ速くなっていく。
気持ちが――――あのホテルの晩と重なる。
あの事件があった夜から、佑と一か月離れると決意した頃までの期間。
自分がされた事を直視したくなくて、自分の心の傷から目を逸らし続け、なかった事にして精一杯〝いつもの香澄〟でいようとした。
香澄はぼんやりと目の前の空間を見つめたまま、唇を開く。
「……幼稚な事を考えてるって、笑わない?」
「うん、笑わないよ」
佑の声を聞き、香澄は目を閉じて彼の香りを吸い込む。
「……自分に、悪意を持つ人がいるって信じたくない……のかも。幼稚な考えかもしれないけど、世の中、悪い人はいないんじゃ……って思ってる。悪い事をしていても、きっとその人の事情やそれまでの背景があるって考えてしまうの。そうしたら、『なら仕方ないか』って思っちゃう。悪い人を『悪い』って言うのが、……怖い、っていうか、認めたくないっていうか……」
佑は息をつき、香澄を抱き締めたままヘッドボードにもたれ掛かり、香澄に羽根布団を被せる。
「……香澄のそういうところ、俺は好きだよ。俺には到底無理な考え方だ。俺は限られた人以外は切り捨てられるから」
その話は、以前にも聞いた気がする。
「傷つかないでほしいんだが、香澄は不特定多数に対して〝いい人〟と思われたいんじゃないかな。誰かを悪だと言い切るのは、時として加害者に見られる事もあるから」
傷つかないでほしいと言われたが、自分の性格を否定された気がして胸の奥がズグンと痛む。
「それは悪い事じゃなくて、香澄の理想が高い証拠だと思ってる。頑張って最高の自分になろうとする。そうしたらいつか、世界中の人が自分を認めてくれるんじゃないかって期待するんだ。……それは香澄の自尊心が低くて、『もっと認められたい』って思っているからだよ」
言われて、どこか納得した。
「……そういうところはあるかも……しれない」
納得した香澄の額に、佑はまたキスをする。
「でも世の中、そうはいかないんだ。話し合っても分かり合えない人は必ずいる。香澄がその人を何とも思っていなくても、善意を持っていても、理不尽な悪意をぶつけてくる人は絶対にいる。香澄が望む綺麗な世界はないんだ」
香澄は唇をキュッとすぼめ、視線を落とす。
「香澄は人を駄目にする優しさがある。駄目な人も寄ってくるけど、その平和的な考え方に惹かれる人もいる。周りの人は自分の鏡だ。香澄が『周りの人は優しい』って思うなら、香澄自身が優しい証拠だ。だからこそ、思いも寄らない所から不意打ちされる事もある。香澄を攻撃してくる人は、君が想像した事もない人生を送った人だ」
ゆっくりじっくり、佑の言葉が胸に染み入ってくる。
「不測の事態が起こった時、香澄は自分のルールで納得したがる。でも香澄が理解できない人は世の中に大勢いるんだ。そういう人の処置は、俺に任せてほしい」
やっと佑の言いたい事が理解できて、香澄はコクンと頷いた。
「……任せ、ます」
「ん、いい子だ」
佑はポンポンと香澄の頭を撫で、頬にキスをした。
予想していた一番悪い方向に事態が流れ、香澄は顔をしかめて溜め息をつく。
佑はそのあと二、三警備員に向かって言伝たあと、電話を切った。
「……香澄。何を考えている?」
「……だってそんなの……。警察とか……」
俯いている香澄の手を、佑がギュッと握ってくる。
「傷害事件を起こされたのに、犯人を庇うのか? 見ず知らずの犯罪者を庇う理由はどこにある?」
「――――そんな、…………言い方」
唇を噛んで佑を反抗的に見たが、彼は悲しそうな顔をして首を横に振る。
「そうじゃないだろう? 香澄。――――おいで」
佑は座る場所を香澄の隣に移し、ギュッと体を抱き締めてきた。
「……怖かっただろう。すまない。どんな理由があっても、香澄は俺の側に配置しておくべきだった」
髪を撫でられ、肩や二の腕をさすられ、労るような佑の声が耳の奥に染み入ってくる。
「……ちが、う、――の。……私が、お菓子配り隊が人手が足りなさそうで、だったらやりますって言って」
「働き者なのはいいけど、それは秘書の仕事じゃないよ。あの仕事は他の社員が担当すべきだった。――現場責任者に任せて、人員を確認しなかった俺が悪かったけど」
額に唇を押し当てられ、トン、トンと背中をさすられる。
「香澄は怖かったはずだ。自分の気持ちにむりやり蓋をしなくていい。前もそうやって我慢し続けて、パンクしてしまっただろう? 理性的でありたいと思って、常にしっかりしている必要はないんだ。今は俺が側にいる。怖かったなら『怖かった』って言っていいんだよ。誰も香澄を責めない。香澄は被害者なんだ」
ドクン、ドクン……と鼓動が少しずつ速くなっていく。
気持ちが――――あのホテルの晩と重なる。
あの事件があった夜から、佑と一か月離れると決意した頃までの期間。
自分がされた事を直視したくなくて、自分の心の傷から目を逸らし続け、なかった事にして精一杯〝いつもの香澄〟でいようとした。
香澄はぼんやりと目の前の空間を見つめたまま、唇を開く。
「……幼稚な事を考えてるって、笑わない?」
「うん、笑わないよ」
佑の声を聞き、香澄は目を閉じて彼の香りを吸い込む。
「……自分に、悪意を持つ人がいるって信じたくない……のかも。幼稚な考えかもしれないけど、世の中、悪い人はいないんじゃ……って思ってる。悪い事をしていても、きっとその人の事情やそれまでの背景があるって考えてしまうの。そうしたら、『なら仕方ないか』って思っちゃう。悪い人を『悪い』って言うのが、……怖い、っていうか、認めたくないっていうか……」
佑は息をつき、香澄を抱き締めたままヘッドボードにもたれ掛かり、香澄に羽根布団を被せる。
「……香澄のそういうところ、俺は好きだよ。俺には到底無理な考え方だ。俺は限られた人以外は切り捨てられるから」
その話は、以前にも聞いた気がする。
「傷つかないでほしいんだが、香澄は不特定多数に対して〝いい人〟と思われたいんじゃないかな。誰かを悪だと言い切るのは、時として加害者に見られる事もあるから」
傷つかないでほしいと言われたが、自分の性格を否定された気がして胸の奥がズグンと痛む。
「それは悪い事じゃなくて、香澄の理想が高い証拠だと思ってる。頑張って最高の自分になろうとする。そうしたらいつか、世界中の人が自分を認めてくれるんじゃないかって期待するんだ。……それは香澄の自尊心が低くて、『もっと認められたい』って思っているからだよ」
言われて、どこか納得した。
「……そういうところはあるかも……しれない」
納得した香澄の額に、佑はまたキスをする。
「でも世の中、そうはいかないんだ。話し合っても分かり合えない人は必ずいる。香澄がその人を何とも思っていなくても、善意を持っていても、理不尽な悪意をぶつけてくる人は絶対にいる。香澄が望む綺麗な世界はないんだ」
香澄は唇をキュッとすぼめ、視線を落とす。
「香澄は人を駄目にする優しさがある。駄目な人も寄ってくるけど、その平和的な考え方に惹かれる人もいる。周りの人は自分の鏡だ。香澄が『周りの人は優しい』って思うなら、香澄自身が優しい証拠だ。だからこそ、思いも寄らない所から不意打ちされる事もある。香澄を攻撃してくる人は、君が想像した事もない人生を送った人だ」
ゆっくりじっくり、佑の言葉が胸に染み入ってくる。
「不測の事態が起こった時、香澄は自分のルールで納得したがる。でも香澄が理解できない人は世の中に大勢いるんだ。そういう人の処置は、俺に任せてほしい」
やっと佑の言いたい事が理解できて、香澄はコクンと頷いた。
「……任せ、ます」
「ん、いい子だ」
佑はポンポンと香澄の頭を撫で、頬にキスをした。
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